----2007年----
2000年から2007年3月までのプーのひとりごとを掲載しています。
それ以降の プーのひとりごとはこちらをご覧下さい。
3月17日 紙一重
運不運はまさに紙一重。
世の中どうすることもできないことがあまりにも多すぎる。
プー カングァン3月13日 チャンチャン
あれもしなければこれもしなければと焦るのだが、
遅々として進まず、頭を痛めるプーでした。チャンチャン。
プー カングァン3月8日 なお一層
最近疲れがたまって、いつぶっ倒れるか不安になります。
しかし大好きな歌の仕事なので、なお一層疲れたいと思います。
プー カングァン3月4日 ゆらゆらと
一寸先は闇。
明日の命さえもわからぬ私達の人生。
まるで根無し草のようにゆらゆらとこの世を旅する。
どこへ行くかなど誰にもわからぬまま、今日もゆらゆらと、明日もゆらゆらと。
プー カングァン3月3日 チキンラーメン
夜中に体に悪いっていうのはわかってはいるのだが、チキンラーメンを食べてます。
これがおいしいんだなあ。
即席ラーメン世代のプーは未だに即席ラーメンには目が無い。
昔、我が家に保管していたチキンラーメンを一つくすねて、そのまま丸かじりして一つたいらげた後、気持ちがとっても悪くなった頃のことを思い出しながら、ニヤっと笑いながら、52になったプーが今、チキンラーメンを食べてます。
ほんまおいしいわあ。
プー カングァン3月2日 「回る」
不思議な一日の回りを、不思議な心で回るプーでした。
プー カングァン2月28日 「病気」
これだけ文明が発達しているにもかかわらず、新しい病気が次々と現れては人を悩ませる。
まるで誰かが病気を作っているかのように。
プー カングァン2月26日 オラ知んね
劇的な時代の変化に気づいてか気づいてないのか、動きなし。
オラ知んね!
プー カングァン2月22日 そんな馬鹿な!
プーの人生幾度そう思ったことだろう。
これからもそんな馬鹿な!という出来事が幾度も訪れることでしょう。
プー カングァン2月19日 白い雲のように
数え切れぬ悲しみを乗せて人は生きる。
命尽きるその日まで。
せめてあの白い雲のように飄々と僕はこの世を飛んでいきたい。
プー カングァン2月16日 ご苦労様
電車のつり革を必死に握るプーの皺があまりにも多くなった手に、驚きながらも思わずご苦労様でしたと小さく声をかける。
プー カングァン2月13日 絶妙なるバランス
まさに絶妙なるバランスの下で生きている私達。
普段この絶妙なるバランスを意識していないのだが、意識するとまさに絶妙なるバランスに驚かされる。
この絶妙なるバランスに感謝しつつ、今日もがんば、がんば。
プー カングァン2月10日 時
幾度もあきらめようと思った。
その度にもう一度だけと、生き直しをしてきた。
しかし時は待たずに、今も刻々と過ぎてゆく。
プー カングァン2月8日 今ならまだ
この暖かさ。不安に思うのはプーひとりではないでしょう。
今なら間に合うかもしれない。今ならまだ!
プー カングァン2月4日 安い喫茶店
24時間営業の安い喫茶店。
換気の悪い地下のかび臭い店内。
一人煙草を吸いながらプーは疲れた体と心をひととき休ませる。
煙草の煙は低い天井を曇らせながら拡散してゆく。
うーん、俺も結構長く生きてきたな、とふと思った。
プー カングァン2月1日 せっかく
せっかく生まれてきたのだもの。
幸せを感じてこの世を去りたい。
せっかく生きているのだもの。
夢に向かって生きていきたい。
プー カングァン1月31日 プーでした
あまりにも忙しすぎて目が回りそう。
雑務の多さにまさにてんてこまい。
でもこんな時代があってもいいかなと思うプーでした。
プー カングァン1月28日 今日から
もうやめよう。
もうよそう。
もうたくさんだ。
そう、本心で生きてゆくんだ。今日から俺は。
プー カングァン1月29日 まだまだ
音楽を志して長い年月が経ったが、まだまだ何も見えない。
まだまだ道は遠い。
プー カングァン1月28日 今日から
もうやめよう。
もうよそう。
もうたくさんだ。
そう、本心で生きてゆくんだ。今日から俺は。
プー カングァン1月27日 瞬間湯沸器
プーはまさに瞬間湯沸器。
短気は損気、分かっちゃいるのだが、いつでもいつも瞬間湯沸器。
そろそろ年なんだから、瞬間湯沸器をいい加減卒業したいものです。
プー カングァン1月26日 白い雲
思いつめた心は冬の寒空にいつもはかなく消えてゆくのです。
それはまるで旅を急ぐ白い雲のように。
プー カングァン1月25日 やる気マンマン
歯茎の痛みがまだ冷めやらぬこの頃のプー カングァン。
年老いた年老いたと大騒ぎしてますが、どっこい本音はまだまだやる気十分。
これからもたくさん歌を作るぞー!
プー カングァン1月21日 無題
この心だけは変わらないと思った思いが、十数年を経て変わる。
それはまるで宇宙が消えて無くなるような感覚。
信じることが意味をなさない世界に投げ出されたような時と空間。
ああ、僕はこれからどう生きていけばいいのだろう。
プー カングァン1月19日 老い
老いはどこから来るのだろう。
人によって様々だとは思うが、まずは老いに納得するところから来るのだろう。
プーはしたり顔で思った。
そう、何のことはない。このプーが自分自身の老いにこの頃納得し出してきただけのこと!
プー カングァン1月16日 中央線
中央線最終電車はいつも遅れる。
遅れるから今回はゆっくり行こうとすると、そういう時に限って時間通りに来てさっさと定刻通りに行ってしまう。
なんちゅうフェイント。いいかげんにせい!とちゃぶ台をひっくりかえすプーでした。
プー カングァン1月15日 正月
せっかくの正月もあっという間。
来年の正月はもっともっと楽しくするぞ。
プー カングァン1月11日 真逆
辛いことは忘れて、楽しいことだけ覚えていたい。
だけどどうしてこう辛いことだけ思い出すのだろう。
きっと人は、こうしなければと思うと、真逆にゆく癖があるのでしょう。
プー カングァン1月10日 ややこしい
善と悪が交錯する人間。
善を出せば善人、悪を出せば悪人。
どちらで生きるかは本人次第。
しかし善と悪が交錯するから、これが本当にややこしい。
見事にややこしい。
プー カングァン1月9日 一歩ずつ
年が代わり既に1月の真ん中に差しかかろうとしています。
つまんない悩みや、ない不安に時間割くことなく、一歩ずつ歩いていきたいと願うプーでした。
プー カングァン1月8日 そんなことはない
苦しい毎日、惨めな毎日、不安な毎日。
いい目はこれっぽちもない。
いや、そんなことはない。
プー カングァン1月7日 お正月
楽しい楽しいお正月は見事にあっという間に過ぎました。
みなさん今年も素晴らしい年にして、来年また楽しい楽しい正月を迎えましょう。
プー カングァン1月1日 2007年
明けましておめでとうございます。
2007年、今年もよろしくお願いします。
プー カングァン----2006年----
12月31日 酒を飲む
一年を振り返りながら酒を飲む。
来年は苦い酒ですらグイッと一息に飲む人間になりたい。
プー カングァン12月30日 心の旅
嫌な思い出を袋に詰めて、どこかに流してしまいたい。
いざ、今こそ心の旅を。
プー カングァン12月29日 何を問う
絶え間ない時の流れ。
数え切れない命たちが生まれては消えゆく。
そのとてつもない大きな時と空間の中で、小さな私はこの世で何を問う。
プー カングァン12月27日 演劇
演劇って本当に不思議。
だって全く違う人間になって生きているのだもの。
だからこそ、深くて魅力的なのでしょう。
プー カングァン12月26日 いかだ
そんな世界なんてありえないと思って生きてきた。
何の事は無い、そんな世界って山ほどあるのですね。
気づくのが少し遅かったけど、なんのなんの。
今からでもいかだを作って航海航海。
プー カングァン12月25日 突っ走る覚悟です
良い疲れとそうでない疲れがありますが、最近のプーは前者が多いと思われます。
少し疲れ過ぎかとは思いますが、このまま突っ走る覚悟です。
プー カングァン12月24日 クリスマスイブ
今日はクリスマスイブ。
街は華やかに浮かれ、年に一度のこの日をみなさん大いに楽しんでおられるようですが、今日この時をさみしく過ごされている方もいると思います。
プーはそんな人にBUNGAに遊びに来て欲しいなと願っています。
そのためにもBUNGAを作ったのですから。
プー カングァン12月23日 お月さん
怒りに振り回されたくないと思いながらも、しっかり振り回される自分がいる。
あの丸いお月さんのようにゆったりと夜空に浮かんでいたいのに。
プー カングァン12月22日 内緒
ここまで生きてきたならば、いっそ無理だとばかり思っていた理想を具現化したいとこの頃思い出してきた。
どんな理想化って?
それは内緒内緒!
プー カングァン12月21日 戦争兵器
戦争兵器を作って儲ける奴ら。
戦争兵器を売って儲ける奴ら。
その仕組みを作って儲ける奴ら。
人間はいつまでも変わらないものなのか?
プー カングァン12月20日 笑顔は
長い年月信じきっていたことが根こそぎ崩れたら人はどうなって行くのでしょう。
きっと笑顔は戻らないことでしょう。
プー カングァン12月19日 52歳になり
正しく物事を見るということがこれほど難しいとは。
52才になり、今思い知らされています。
プー カングァン12月18日 同時に
自分がいることに誰かが喜んでくれる、それって幸せの第一歩であると同時に、幸せのしめでもあるのでしょう。
プー カングァン12月17日 いとしい人よ
いとしい人よ、いつまでも変わらないで。
いとしい人よ、いつまでも僕の側に。
いとしい人よ、いつまでもいつまでも。
プー カングァン12月15日 ラストスパート
今年もあとわずか。
みなさんどんな年でしたか。
終わり良ければ全て良し。
プーはラストスパート頑張ります。
プー カングァン12月14日 もうすぐクリスマス
もうすぐクリスマス。みなさんの予定は。
少し異常な気もするクリスマスですが、幸せな気持ちにしてくれるのならば、クリスマスも良いかなとは思います。
みなさん素敵なクリスマスを。
プー カングァン12月13日 イヤダ!
ほとんど気持ちの持ち方一つ。
でも戦争だけはイヤダ!
プー カングァン12月11日 楽に
力を抜けば浮く身なら、力を抜いて楽に生きたい。
プー カングァン12月10日 すごい声
久々に風邪の為にすごい声になってしまった。
喉にも少し休養をと思ったプーでした。
プー カングァン12月9日 知る
あまりにも知らないことが多すぎると、この頃特に感じ出してきました。
ちょっと欲を出して知らなければいけないことを知る努力をしようと思うプーでした。
プー カングァン12月7日 わかりまへん
あきらめたら叶い、執着すると離れてゆく。
ほんに人生わかりまへん。
プー カングァン12月6日 最終の中央線
最終の中央線は、まさに様々な人々が様々な顔で、
果てしなく疲れながら電車に運ばれてゆく感じ。
本当にみなさんご苦労様です。
プー カングァン12月5日 どうせなら
一人でしゃべればひとりごと。
二人でしゃべればふたりごと。
どうせならふたりごとがいい。
プー カングァン12月4日 膝小僧
膝小僧が寒くなる季節。
せめて自分で温めてあげたい。
プー カングァン12月3日 世の中
自分で作った世の中じゃないんだからうまくいかないのは当たり前なんだけど、
もうちょっと何とかならないものかと思うのはプーだけでしょうか。
プー カングァン12月2日 悪酔い気分
酔えば酔うほどほろ酔い気分。
生きれば生きるほど悪酔い気分。
もっといい酔い方はないものか。
プー カングァン11月30日 解き放たれたい
誰も呼んでいないのにいつも急に不安が僕の胸に訪れます。
出物腫れ物ところ構わずではないけれど、まさにそれに似た感じ。
ああ、いつかこの呪縛から解き放たれたい。
プー カングァン11月29日 現実
世にも不思議な物語。
これってとても現実なんですよね。
プー カングァン11月28日 楽になるのかしら
何とかなる運命ならば何とかなる。
何とかならない運命ならば何とかならない。
このコツを知れば人生もう少し楽になるのかしら。
プー カングァン11月27日 浅はか
昨日の敵は今日の友。
すぐに結論は浅はか。
プー カングァン11月26日 クリア
常にクリアな目で様々なものを見たい。
そうすれば傷つくことも傷つけることも少なくなるから。
プー カングァン11月25日 まだ知らない
人のさだめの不思議さは、生きれば生きるほどますます増してきます。
この不思議なさだめとどう付き合うべきか。どう向かい合うべきか。
プーはまだ知らない。
プー カングァン11月24日 突き進んで行きたい
光陰矢の如し。
人の命もある意味矢の如し。
それならばこのプーも突き進んで行きたい。
プー カングァン11月23日 52才
52才になると少しずつ体にガタが来ていることを日毎夜毎に感じ出してきています。
本当に無理がきかなくなってきました。
しかしプーはまだまだ、これからこれから。
プー カングァン11月22日 限界
限界を超えるとこんなにも思いが変わるものなのですね。
自分でも不思議なくらい。
プー カングァン11月21日 愛
人は生まれながらにして囚われていると誰かが言っていた。
それならばせめて愛を信じて生きてゆきたい。
プー カングァン11月19日 平和がいい
傷つきたくないし、傷つけたくもない。
だから平和がいい。
プー カングァン11月18日 強い人なんて一人もいない
強い人なんて一人もいない。
みんな弱いのです。
みんな弱さを認め合い、共に助け合って行く道があるということを体感しあってほしいと願うプーでした。
プー カングァン11月17日 夢思う
争いの無い時代を夢思う。
平和な時代を夢思う。
みんなが愛し合う時代を夢思う。
自分をも愛せる時代を夢思う。
いつもいつも夢思う。
プー カングァン11月16日 前進あるのみ
為そうとすると必ず逆の風が吹く。
でも決してあきらめず、前進あるのみ。
プー カングァン11月14日 大切
続けることの難しさは言葉にできぬほど。
だからこそ続けることが大切なのですね。
プー カングァン11月13日 灯り
何かを信じて生きる人生は幸せだと思う。
それはまるで暗い人生に灯りを持って歩いているようだから。
プー カングァン11月12日 一寸先は闇
一寸先は闇ならば、その時その日を楽しく生きていきたい。
プー カングァン11月11日 おお人は
おお人はどこにゆくのか
おお人はなぜに生まれた
おお人はなぜに死ぬのか
プー カングァン11月10日 我が道
この道以外に我が道なし。
ただただこの道をまっすぐに行く。
プー カングァン11月9日 どんぴしゃ
常にどんぴしゃな考えと動きがしたい。
しかしこれが本当に容易ではない。
これが本当に難しい。
プー カングァン11月8日 人間は大変
理屈と感情は別物。
別々だからこそ、人間はおもろい。
だからこそ人間は大変!
プー カングァン11月7日 わかっちゃいるけどやめられない
俺はバカだなと思う時がいつもある。
でも、わかっちゃいるけどやめられない。
プー カングァン11月6日 思い出す
明日という字は明るい日と書くのね、という歌を思い出す。
中学生の頃だったかな。
プー カングァン11月5日 つまらない
手に入るものは色褪せ、手から離れるものは色鮮やかに見える。
そんなことって本当につまらない。
プー カングァン11月4日 もつれた糸
もつれにもつれた糸をほどくのは不可能。
ならばいっそ切ってしまおう。
プー カングァン11月2日 悪循環
タバコの吸い過ぎで胸が苦しい。
しかし心が痛いのでタバコを吸う。
まさに悪循環。
プー カングァン11月1日 めちゃくちゃブルース
めちゃくちゃだぜ
めちゃくちゃだな
めちゃくちゃ世の中
俺とお前もめちゃくちゃブルース
プー カングァン10月31日 天国と地獄
天国と地獄は紙一重。
どうせままならぬ浮世なら、せめて今宵はBUNGAで飲み明かそう。
プー カングァン10月30日 不安
不安に心が動かされている時はまだいい。
なぜなら不幸の真っ只中では不安の入る余地は無いから。
プー カングァン10月29日 深層心理
人はみな深層心理を常に理解し、意識できたならば、もっと人は幸せだったろうに…。
プー カングァン10月28日 アルカディア
夢見る平和よ 愛する仲間よ
アルカディアはどこに
プー カングァン10月27日 人の運命(さだめ)
喜びの隣に悲しみがある。
それは人の運命(さだめ)なのだ。
プー カングァン10月26日 明けぬ闇
明けぬ闇は無いと信じ生きてきたが、もしかしたら明けぬ闇があるのかも…?
いや、断じてそんなことはないはず。
プー カングァン10月25日 酒タバコ三昧
体に悪いとは思っても、酒タバコ三昧。
うーん、本当にやばい。この歳でこれは本当に危ない。やばい。
だけど明日も酒タバコ三昧。ペンペン。
プー カングァン10月24日 酒
人はどうして酒を飲むのでしょう。
人はどうして酔うのでしょう。
きっと一人の人生をひとときでも忘れたいからなのでしょう。
プー カングァン10月23日 酒もタバコも
夜中、ずぶ濡れになりながらチャリで家に帰りました。
最近とても飲みすぎていて、明日からは酒もタバコも少し控えようと思ったプーでした。
プー カングァン10月22日 特効薬
頭ではわかるけど感情がついていかないということが多々あります。
頭と感情がつながる特効薬はないものかな、と思っているのはプーだけでしょうか。
プー カングァン10月21日 愛する人と
行けども行けども蟻地獄。
行けども行けども四面楚歌。
行けども行けども袋小路。
行けども行けども灼熱地獄。
行けども行けどもetc.
せめて愛する人と…。
プー カングァン10月20日 だからこそ
人はどうして裏切り続けられても、それでも人恋しいのでしょう。
この不思議な生き物。人…!
だからこそ人は美しいのでしょう。
プー カングァン10月19日 ふっと
明日に向かって生きてゆけ
涙に唇ふるわせても若い頃に作ったプーの歌ですが、ふっとこの歌を思い出しました。
プー カングァン10月18日 古く昔のまま
今日も一日が終わろうとしています。
そして新しい朝がまた来ます。
にもかかわらず、僕はいつも古く昔のまま…。
プー カングァン10月17日 眠い
眠くて眠くて仕方ない。
小さな眠りを幾度も幾度も繰り返しながら、雑務をこなすプーでした。
ああ本当に眠い。
プー カングァン10月16日 マニャガハ
マニャガハに行かなくなって、はや長い年月。
仕事が落ち着いたらまた絶対マニャガハに行ってやる。
プー カングァン10月15日 秋
またまた夜のとばりが降りるのが早くなりました。
さすがに秋はさみしくせつなくなります。
こういう季節は走馬灯のように思い出が甦ります。
みなさんいかがお過ごしでしょうか?
プー カングァン10月14日 酔う
今宵も酒に酔い、夢に酔い、人生に酔う。
どうせ短い人生ならば、結果を問わず酔いに任せて生きてい酔う。
プー カングァン10月13日 いざ行かん
空しい日が続くのは、きっとそれは生命そのものが空しいからなのでしょう。
まばたき一つのはかない生命。空しさの中で今日もいざ行かん。
プー カングァン10月12日 セピア色
セピア色の思い出をバッグに詰めて、あなたの住んだ街へ訪ねて来ました。
この街であなたは生きていたのですね。
プー カングァン10月11日 前を向いて
夢を追いかけるには力が必要という言葉が、52歳のプーに厳しく乗りかかる。
ただただ今は前を向いて歩いて行こう。
プー カングァン10月10日 道
人に言えない悲しみを両手一杯に抱えながら、
ただこの道をひたすらに歩いてゆくのか…。
プー カングァン10月9日 一人では
一人では何もできない。
一人では生きてゆけない。
だからこそ、人は人を求める。
だからこそ、そこに悲劇があり、
だからこそ、そこに愛が生まれる。
プー カングァン10月8日 必然
偶然はなく、全て必然だと言う人もいます。
確かにそう考えることができるならば、世の中のしくみが見えてくるような気がするのですが、
プーはまだまだ必然だというふうに捉えることができません。
いつかその日が来るのかしら。必然的に!
プー カングァン10月7日 いつまでも
あの青い空も君と二人見ていたい
この寒い冬も君と二人歩きたい
人の心はうつろぎやすいけれど
いつまでもいつまでも変わらぬ君でいてほしい
いつまでもいつまでも変わらぬ僕でいたい
プー カングァン10月5日 絶対
信じられない出来事が起こるこの世の中。
私たちの心休まる日はいつ訪れるのでしょう。
このままで世を去るのは絶対に嫌だと思うプーでした。
プー カングァン10月4日 迷走
迷走の先にあるもの…?
まだ光は見えず、まだ道も無し。
プー カングァン10月3日 クルクル
目の前のあまりの変化に目が回ります。
クルクルクルクル、よくもこれだけ変化するものです。
きっとお腹が空いているのでしょう。
プー カングァン10月2日 まだこれから
果てしない夢を追いかけてきた。
でも、今気づくと夢からは遠い遠いところにいる。
だけどまだまだ、そう、これから、これから。
プー カングァン10月1日 思い違い
思い違いする方はいい。
される方は本当に辛い。
大きな戦争も最初は小さなことから始まるのでしょう。
プー カングァン9月30日 分け隔てなく
様々な人たちがいる。
様々なそんな人たちを分け隔てなく心の底から愛せたら、どんなに幸せだろう。
プー カングァン9月29日 馬肥ゆる秋
天高く馬肥ゆる秋。
不安定な気候でもしっかりプーはこの秋に太りつつあります。
何s太ったかって?それは内緒です。
プー カングァン9月28日 眠い
この頃何だかとても眠い。
まどろみの中で生きているような。
何かのきっかけで覚醒するような。
とにかく何だかとても眠い。
プー カングァン9月27日 コーヒー
ホッと一息をつき、コーヒーを飲む。
このひとときが、今のプーのひとり心休まる時。
みなさんにとって心休まる時はどういう時ですか。
プー カングァン9月26日 時間
確実に間違いなく時間は時計の音と共に過ぎてゆく。
しかし俺の意識は、過去に未来にと瞬時に飛んでゆく。
プー カングァン9月24日 内緒
最近、年をとるのも悪くないと思う出来事が一つ二つと増えてきた。
どんなことかって…?内緒内緒。
プー カングァン9月22日 明けぬ夜もある
思いもよらぬ不幸なことが舞い下りる時もありますが、
思いもよらぬ幸せなことが舞い下りる時もあります。
明けぬ夜もあると思いますが、ただただ命ある限り生き抜いてほしいと願うプーです。
プー カングァン9月21日 難問
山のようにある難問も、一つのひらめきで消えてしまうこともある。
だからこそ人生は面白い。
プー カングァン9月20日 心
明日をも知れぬ私たちの人生。
せめて今宵は心を重ねましょう。
プー カングァン9月19日 旅立とう
まだ明けぬ空の下、ギターと小さなバッグと夢を抱え、いざ旅立とう。
プー カングァン9月18日 三本柱
人は無くして初めてそのありがたさを感じる。
そのことは人の不幸の三本柱の一つなのかと思うプーでした。
プー カングァン9月17日 52才からの出発
万里の長城も一歩から。
今日からまた一歩ずつ歩いていきます。
プー52才からの出発。
プー カングァン9月16日 ピース
夢みる平和よ 愛する仲間よ
つながる生命よ 輝く星くず
くりかえしの戦争 傷つく人々
殺しあうことは もう今すぐ止めよう
プーカングァン 『ピース』より
プー カングァン9月15日 おもろい
こちらが笑えば相手も笑う。
こちらが泣けば相手も泣く。
こちらが怒れば相手も怒る。
人の付き合いはまことにおもろい。
プー カングァン9月14日 独り言
独り言、二人言、三人言、四人言…。
やはりみんなと語りたい…。
プー カングァン9月13日 完璧主義
完璧主義というのはある意味病気。
俺はつまらない人間なのに完璧主義的な傾向があり、自分自身に辟易する。
だけどプーの願いは、それでもみんなと仲良く生きていきたい。
プー カングァン9月12日 忍耐
忍耐。何て厳しい言葉だろう。
しかし今のプーにとって、この言葉なしには明日がないのだ!
プー カングァン9月10日 手を結ぶ時
今こそ平和が大切な時代はない。
あらゆる意味において平和が無ければ人類は滅びの時を避けられない。
私たちに何ができるのか、今こそ試されている。
今こそ一人一人が目覚める時。
今こそ仲良くする時。手を結ぶ時。
プー カングァン9月9日 年をとれば
年をとれば人生のこと、世の中のこと、自分のことなどなど、
大切なことが徐々にわかってくると思ってたら、
何とプーは年をとればとるほど逆にわからなくなってきた。
これって大変なことだよなーと独りマジに落ち込むプーでした。
プー カングァン9月8日 今なお
夢を追いかけて早30年。
今なお見果てぬ夢を追い続ける。
あと幾年か、あと幾月か、あと幾日か。
プー カングァン9月7日 人生
待てば来ず、待たねば来る。
人生なかなかうまく行かぬもの。
摩訶不思議なもの。
プー カングァン9月6日 ささやき
夏は終わったよとささやく声が聞こえた。
あたりを見回したが誰もいない。
きっと少し気の早い秋がプーに言ったのだろう。
プー カングァン9月5日 虫
秋の虫の鳴き声はなぜこんなにもさみしく聴こえるのでしょう。
でもそんな季節もプーはとても好きなのです。
プーの部屋にセミがいると喜んで急接近すると、近視のプーは大いに驚く。
セミと間違えた虫は、大きなゴキブリでした。
プー カングァン9月4日 いざゆかん
輝く星空に自らの夢を重ね、悠久の時の流れに熱き思いをいだく。
いざゆかん、君も我も。
プー カングァン9月3日 命の輪
あらゆる命の輪の中で今、生きている私たち。
小さな事柄もそれはつながり続ける運命の中での出来事。
きっとため息ひとつも宇宙のリズムと連動しているのでしょう。
プー カングァン9月2日 一瞬
みんながもし人生は一瞬だと真に思うことができたのなら、きっとやさしい心で生きてゆけるかなとふっと思ったプーでした。
プー カングァン9月1日 永遠の愛
永遠の愛をこの手につかむ行為は、荒れた海を小さな船で一人航海するような、そんな感じ…。
プー カングァン8月31日 散る花びら
散る花びらに何を想う。
散る花びらにせめて永遠を想う。
プー カングァン8月30日 ゆらゆら
人の心はなぜこうも揺らぐのでしょう。
それはまるで浮き草のように。根無し草のように。
なぜこうもゆらゆらゆらゆらと…。
プー カングァン8月29日 お星様
人は死んだらお星様になると小さい頃よく聞かされたものだが、
その話をしてくれた人を今プーは星を見ながら思い出しています。
プー カングァン8月28日 実感
戦争の恐ろしさを一人一人が常に実感しなければ。
またその日が来ることを実感するプーでした。
プー カングァン8月27日 二度あれば
果てしない道と思いきや、それはとても短い瞬間(とき)。
実感はいつも終わりにある。
人生が二度あればと思わずにはいられないプーでした。
プー カングァン8月26日 罠
手前勝手な解釈の下、結局は自分で自分の首をしめている。
多かれ少なかれみなこの罠にはまってしまう…。
プー カングァン8月25日 さよならしたい
小さな物音に恐れおののき
ひたすら指を口にくわえながら幸せを待ち続けてゆくだけ
そんな人生とはもうさよならしたい。
プー カングァン8月24日 青年
青年老い易く学成り難し
昨日まで青年だったプーもこの言葉がしみるようになりました。
プー カングァン8月23日 夢いつも遠くより
人は皆つかの間のやすらぎを求めて
頑なに閉ざされた我が道をゆく
プー カングァン8月22日 たやすい
深き夜に一人ポツンといるような
負けてしまうことは苦しくもたやすい
プー カングァン8月21日 記憶の中
死して人はどこへゆくの。
あの世とやらにゆくのかしら。
いえいえ死した人は愛する人の記憶の中に眠る。
プー カングァン8月20日 所詮は
格好をつけても所詮は…。
素直に生きてゆきたいけれど…。
プー カングァン8月18日 墓参り
墓参りはこの世を去った愛する人たちとの再会のひととき。
墓石を抱きしめるとまるで父を抱きしめているかのように感じたプーでした。
プー カングァン8月17日 空
子どもの頃果てしない空の彼方を見て心躍ったものだが、今も不思議と同じ気持ちで空の彼方を見つめている。
僕の心の中はきっと何も変わっていないのだ。
プー カングァン8月16日 自然に感謝
季節が崩れかけてきましたが、今年もセミたちが立派に鳴いてくれました。
そんなことを思っていると、子どもたちが元気に僕の傍らを走り去って行きます。
まるで太陽の子どものように。
そんな光景に、こんな僕にも笑みが少しこぼれました。
自然に感謝。
プー カングァン8月15日 たとえ一歩でも
明日を知らぬまま人は生きる。
思えば思うほど不安のふちに追い込まれ、ただただ悶え苦しむ。
しかし明けぬ夜はない。
たとえ一歩でも…。
プー カングァン8月13日 ことわざ
賢い人間は歴史から学び、愚かな人間は経験から学ぶということわざがありますが、まさに頷けると思ったプーでした。
プー カングァン8月12日 花
花は咲くために散るのか、散るために咲くのか。
どちらにしても見事に咲いて散ってゆきたい。
プー カングァン8月11日 人の心
人の心が見えるようになりたい。
だって人の心が見えるようになれば、人を傷つけることが少なくなると思うから。
プー カングァン8月10日 努力
努力を一度はしてみたい。
なぜなら、人のために一度は生きてみたいから。
プー カングァン8月9日 大雨の中
夜中、大雨の中、突き刺すような雨に痛みを感じながらプーはランニング。
ああ疲れた。でもガンバ。
プー カングァン8月8日 袋小路
袋小路の出口は案外足元にあるのかも?
プー カングァン8月7日 みんな
みんな本当は一人で生きていくことはさみしい。
だけどそれ以上にやっぱり傷つくことがつらいのです。
プー カングァン8月6日 さわやかな風
ひとつのさわやかな風に懐かしい記憶が甦る。
まるで風そのものにプーの記憶があるかのように。
プー カングァン8月5日 にこ!
素敵な出会いがあるとどうしてこう幸せな気分になるのでしょう?
やはり人は人が必要なのでしょう。にこ。
プー カングァン8月4日 歌
脱サラして歌を歌いだして早30年近くの月日が流れました。
歌と共に生きてきたプーだけど、最近ようやく少し歌が歌えてきた気がします。
この調子でプーは歌に没頭しながら生きていきたいと思います。
プー カングァン8月3日 みんな
みんな誤解と勘違いで生きている。
でもそれで平和ならばいいのだけど、それで戦争は困る。
プー カングァン8月2日 朝風呂
Live Bar BUNGAを出してから、朝の光の中で風呂に入る習慣が見につきました。
体には悪いのでしょうが、朝日の差す入浴は体も心もボーっとしていて、案外幻想的で気持ちいいものですよ。
プー カングァン8月1日 ふるさと
悲しみの向こうに喜びのふるさとがあるのかしら?
プー カングァン7月31日 漢字って すごい
支えあうと書いて人になり、人の間と書いて人間となる。
漢字ってすごい!
プー カングァン7月30日 自然に
やり過ぎると続かない。
やらな過ぎても続かない。
要はバランス。
この極意が自然にできるようになれば…。
プー カングァン7月29日 思いがけないこと
思いがけないことばかり起こる人生。
そもそもこの世に生をうけたそのことこそが、思いがけないことなのかもしれません。
プー カングァン7月28日 強く思った
これからの人生、一日一日を大切に生きていきたいと強く思ったプーでした。
プー カングァン7月27日 セミの鳴き声
小金井公園を通ると、今年初めてのセミの鳴き声。
季節があることはとても嬉しいことですね。
プー カングァン7月26日 本音トーク
本音トークはとても難しい。
なぜならこの社会が本音と建前を使い分けているから。
プー カングァン7月25日 全ての人々に
出会う全ての人々に心から愛することができたならば、なんて素敵なんだろうと思うのだが、だけど現実は全く難しい。
プー カングァン7月24日 成功
人生のわかれ道って本当はほんの少しの出来事の差によって起こっているのでしょう。
だから成功した人は謙虚に生きてほしいと願うプーでした。
プー カングァン7月23日 逆
変わっていいものと変わっては困るものがあるけど人はどうしても逆にいってしまうくせがあるのでしょう。
プー カングァン7月22日 夢のような人生
夢のような人生。どうせ夢ならば、夢を見続けながらこの世を通り過ぎてゆきたい。
プー カングァン7月21日 歩いていく
この道をどこまでもどこまでも歩いていく。
いったいどこに辿り着くのやら…?
プー カングァン7月20日 愛の姿
愛の姿が見えれば、人の苦悩はこれほどは強くないのに。
プー カングァン7月19日 みんな
悲しさを数えるときりがなく、幸せを数えるとすぐに数えきれてしまう。
それでも、それでも、みんな何とか生き抜いてほしい。
プー カングァン7月18日 新曲ピース
夢見る平和よ
愛する仲間よ
つながる命よ
輝く星屑
繰り返しの戦争
傷つく人々
殺しあうことはもう今すぐやめよう。
新曲を作りました。 プーはこれからも歌い続けます。
プー カングァン7月17日 プーも
陰極まれば陽になる。
いつかプーも人のために生きられるようになるのか?
プー カングァン7月16日 人類は?
百年後の世界ってどんなんだろう。
プーの人生のたかだか2倍の百年。
けっこうあっという間に来るのかも。
その時人類は?
プー カングァン7月15日 実は
実は複雑ではなくてとても簡単で単純な事。
実はプーは答えを知りたくなくてわざと解らなくしているのでは?
プー カングァン7月14日 52年も
見えないものが多すぎる。
あまりにも多すぎる。
52年も生きてきたのに。
プー カングァン7月13日 温暖化現象
これ以上暑くなると人間生活ができないのではないかと思うくらいのうだるような暑さ。
でもまだまだ温暖化現象が進むという。
本当にのんびりできない状態に陥ってしまった。
プー カングァン7月12日 僕の心は
僕の心はどこにある。
あんまりコロコロコロコロ変わるので…。
本当に心ってどこにあるのだろう?
プー カングァン7月11日 なぜ
人はなぜこうも簡単に罪を作れるのでしょう?。
逆に人はなぜこうもいいことをするのは難しいのでしょう。
なぜ?
プー カングァン7月10日 何とかせえ
夏の大好きなプーは絶好調。
しかし、地球温暖化による災害は本当に困る。
プーを含めた人類よ、何とかせえ!
プー カングァン7月8日 生きてゆく
思いもかけぬことが起こり得るのが人生。
それならばいっそ流れに身を任せ、今日を笑顔で生きてゆく。
プー カングァン7月7日 常に
人生を振り返ると、終わりだと思っても必ず次があった。
常にあきらめるのは早いのだ。
プー カングァン7月6日 夢いっぱい
夢いっぱいの幸せをたった一度でもいいから味わってみたい。
プー カングァン7月5日 遠い夢
遠い夢も今の一歩がつながると信じ、ゴミ出しに精を出すプーでした。
プー カングァン7月3日 がんばります
店も早7ヶ月。疲れが相当たまってきましたが、音楽に囲まれる人生はとても幸せ。
これからもプーはがんばります。
プー カングァン7月2日 笑み
優しさに溢れると人は思わず笑みがこぼれます。
まるで生まれてきた喜びを直感するかのように。
プー カングァン6月30日 夢
夢をたらふく食べて、夢をたらふく飲んで、この人生を歩きたい。
夢にくるまれながら。
プー カングァン6月29日 いとおしく
プーもこの年になると、あと何回この季節を過ごせるのだろうと、暑ささえもいとおしくなってきます。
プー カングァン6月28日 いつからだろう
気づくと早6月も終わり。
本格的な暑い夏がもう目の前に。
いつからだろう。時の過ぎるのが早い早いと言い出したのは…。
プー カングァン6月27日 赤ちゃん
赤ちゃんの笑顔って本当に素敵ですね。
みんなあの頃を経て今があるのに…。
プー カングァン6月26日 いつまでも
いつまでもいつまでもあきらなめい。
この道をどこまでも歩き続けよう。
プー カングァン6月25日 変わるのだ
今変わらなければいつ変わる?
歯を食いしばってでも今変わるのだ。
どんな激震が走っても、とにかく今変わるのだ。
プー カングァン6月24日 なぜ
道端にひっそりと咲く花にふと足が止まり
君はなぜ咲いているの
誰のため、何のため
僕はなぜ生きているの
誰のため、何のため
プー カングァン6月23日 あじさいの花
悲しみ色のため息を一つ二つつきながら、震える笑顔であなたは今日も生きているのですね。
あじさいの花が今年もまた雨の中咲きました。
プー カングァン6月22日 人はなぜ
人はなぜ通り過ぎてからでないと気づかないのでしょう。
通り過ぎる前に気づきたいのに。
プー カングァン6月21日 大切に
昨日の夜はビートルズデーで、気を良くしたプーは大いに飲みすぎてしまい、さすがに今日はBUNGAでお酒を一滴も飲みませんでした。
みなさん、お酒の休みの日は大事です。どんなことにもやはり休みが必要ですね。
お互い体を大切に生きていきましょう。
プー カングァン6月19日 ベース
こうするとああなり、ああするとこうなる。
物事の動きのベースをぜひ知りたいものだ。
プー カングァン6月16日 為す術
裕福な国があれば、貧困な国もある。
この現実の前に僕たちは為す術もないのか。
プー カングァン6月15日 面倒
ちっちゃなことに心奪われることに面倒になってきた。
本当に面倒になってきた。
めちゃめちゃ面倒になってきた。
プー カングァン6月14日 ややこしいこと
欲しいと思うと手に入らず、あきらめた時に手に入る。
そんなことってみなさんありませんか。
プーの人生は結構そういうややこしいことが多いのです。
プー カングァン6月13日 あじさいの花
あじさいの花が咲く遊歩道。
一年の早さをひしひしと感じながらランニングするプーでした。
プー カングァン6月12日 二者択一
己の力ではどうしようもできないことばかり。
あきらめるか、たったの一歩でもいいから近づくか。
この二者択一は人生にとって大きな岐路になる。
プーはどうするか、あなたたちはどうするか…。
プー カングァン6月10日 体当たり
人生、山あり谷あり大海あり。
少々の苦しみは笑いながら体当たりしたいものです。
プー カングァン6月9日 その差が
もう無いと思うか、まだ有ると思うか、その差がとても大きい。
本当にとてつもなく大きい。
プー カングァン6月8日 弱気
平和の時代は不可能なのか?
この頃プーはとても弱気になりました。
プー カングァン6月7日 確かなこと
確かなことを追い求めて今日まで来たけど、確かなことはいまだに何一つ無い。
これからもこのまま月日が流れていくだけなのか。
プー カングァン6月6日 表現
人の道の何と不思議なことか。
言葉にさえできない人生をどうとらえようか?
この世を去る前に、何としても、どのような形でもいい。表現してみたい。
プー カングァン6月5日 自ら
信じられない出来事に今日もただただ、たじろぎ耐えるだけ。
でもいつかきっと自ら人生を変えるのだ!
プー カングァン6月4日 負の心
負の心を負のままにおくのではなく、
正に転化させることができるならば、人は幸せになれるのでしょう。
みなさんはどう思いますか。
プー カングァン6月3日 合掌
裏切る人間はもしかしたら裏切っているつもりはないのだろうとこの頃つくづく思うようになってきた。
人は立場立場で自分のしていることが見えなくなるのだ!合掌。
プー カングァン6月2日 あきらめない
どこまでもどこまでもあきらめない。
いつまでもいつまでもあきらめない。
僕はそんな人になりたくてここまで来ました。
そしてこれからも。
プー カングァン6月1日 いつも
いつも笑顔でいたい。
いつも優しい人でありたい。
いつも困った人を助ける人間でありたい。
いつもいつもそう思うのだが、いつもいつもこの逆で生きてしまう。
でも、いつもいつも望みは捨てたくない。いつもいつも。
プー カングァン5月31日 今日のために
明日消えるかもしれないこの生命。
明日のためではなく、今日のために生きてゆきたい。
プー カングァン5月30日 時
時よどこへ行く立ち止まらずに
別れを繰り返し人は耐える
今この時も人は別れゆく
プー カングァン5月29日 あまりにもすぎる
理に叶ったいい話をしたいと思うと、いつも逆に行く。
プーに力ないことはわかるが、しかし、あまりにもすぎる。
プー カングァン5月28日 人生
終わりのある人生。永遠を恋いしたいプーは、常に人生を拒否し続けるのだろうか。
プー カングァン5月27日 短い
心が強くなれるのなら強くなりたい。
魂が美しくなれるのなら美しくなりたい。
悟れるものなら悟りたい。
そのためには人生は何と短いことか…。
プー カングァン5月26日 喝
浮き沈みのある自分の心に、沈むなと喝を入れ、今日も生きる。
プー カングァン5月25日 生きねば
毎日の繰り返しの生活の中に、ほんの少しの進歩を願う。
そう、明日もまた生きねば。
プー カングァン5月24日 生命と平和
生命とは平和と書きたい。
平和とは生命と書きたい。
このことを心に入れて、これからも歌ってゆきたい。
プー カングァン5月23日 美醜
うーん、美醜ってどこから来るのでしょう。
やはり生存競争から来るのだとは思いますが、もちろんそれだけでは説明できないものもあるので、プーにとっては大きな謎です。
プー カングァン5月22日 重ねる
人と心を重ね合わせたい。
でも重ね合わそうとすると意識があるだけで、もう無理なのかも…。
プー カングァン5月20日 自然の神秘
練習を終えて家路につく時、台風と間違えるほどの強い風。
大いに恐怖し驚いたが、夜が明けた空は強い風のせいでとても美しく、自然の神秘を感じさせ、恐ろしかった感情は一瞬に消え去りました。
プー カングァン5月19日 中年
過ぎればあっという間の人生。
まばたき一つで中年になったプーですが、でも思い出は心のひだに全て残っていることでしょう。
プー カングァン5月18日 開き直る
人生って一寸先は闇と昔の人は言ったけど、本当にこの頃そう思う。
心配の予測だって結構外れるし、何が起こるかわからない人生なんだから、自分の信じた道を歩いていこうと、51歳になってようやく開き直るプーでした。
プー カングァン5月17日 森羅万象に乾杯
月に満ち欠けがあるように、海に満干があるように、太陽に日の出日の入りがあるように、人の心と体、人生にも、小さな波、大きな波が絶え間なく繰り返し起こります。
そのことだけでも命の神秘、人生の神秘、自然の神秘、宇宙の神秘を感じさせずにはいられません。
森羅万象に乾杯。
プー カングァン5月16日 中央線
今中央線の車内。
昨夜は最終電車にもかかわらず、国分寺まで行ってしまいやむなくタクシーで戻るが、今日は絶対自分の駅で降りるぞと力の入るプーでした。
最近プーはとても抜けていて、しっかりしなければと思う今日この頃です。
プー カングァン5月15日 信じて
明けぬ夜はない。
信じて今日もチャリをこぐ。
プー カングァン5月14日 隙間から
さみしい気持ちはどこから来るの。
遠い遠い空の果てから来るの。
いえいえそれはあなたの遠い遠い記憶の隙間から。
プー カングァン5月11日 雨だれ
この頃下界は雨模様。
しとしと落ちる雨だれの音。
明日は晴れるかな。僕の心は晴れるかな。
プー カングァン5月10日 不思議
この頃不思議なことを探しているプーがいます。
不思議なことって何だろう。
もしかして一番不思議なことは、プーがこの世の中に生きていることなのかも…。
不思議なことって案外たくさんあるのかも。
これからもっともっと不思議なことを探しつづけたいと思っているプーです。
プー カングァン5月9日 生きよと
一言 二言 三言 夜言 言うよ。
生きよと。
プー カングァン5月8日 乞うご期待
最近プーは音楽を猛練習しています。
そろそろその結果が出てくる頃だと思います。
みなさん、プーのライブを乞うご期待。
プー カングァン5月7日 無題
苦しさの多くはみんな自分から湧き出てくる。
それはまるでウミのように。
プー カングァン5月6日 ややこしい
あちらが立てばこちらが立たず。
ほんに人生はややこしい。
プー カングァン5月5日 いつまでも
人の心はうつろぎやすいけれど、いつまでもいつまでも変わらぬ僕でいたい。
プー カングァン5月2日 ジャズ
この頃、ジャズを歌いませんかという声がしきりに多くなってきました。
オリジナルしか歌ってこなかったプーですが、そろそろジャズを歌い出そうかなという気もしてくるこの頃です。
プー カングァン5月1日 かられる
若い頃、年をとるってどういうことだろうという歌をつくって歌っていたが、
今まさに年をとったプーはあの頃のプーに会って、
こういうことだよと言いたい衝動にかられる。
プー カングァン4月29日 出会い
JINライブで素敵な出会いがありました。
人生はやはり出会いだなと再認識したプーでした。
プー カングァン4月28日 真にこの世の中は
昼があり夜がある。
太陽があり月がある。
光があり闇がある。
男がいて女がいる。
真実があり偽りがある。
真にこの世の中は絶妙にできていると感じるプーでした。
プー カングァン4月27日 桜の木
花が散った桜の木は妙な美しさがある。
そう、まさに言葉では言い尽くせぬ何かが。
プー カングァン4月26日 プーは
プーは無いものばかりを強く思う癖があり、今あるものに対してはあまり気にもとめません。
あるものを強く思うことによって生きていけることができたらと思うプーでした。
プー カングァン4月25日 立場
人はどうしてもその立場にならなければわからない。
その立場にならなくてもわかることはできないのだろうか。
プー カングァン4月24日 まっぴらだと思いながら
人は過ちを繰り返しこの世を去っていく。
そんな人生はまっぴらだと思いながら。
プー カングァン4月23日 結論
一つを見て結論を出すのは簡単だが、全体を見て結論を出すのはとても難しい。
早く一つを見て全体が見えるようになりたい。
プー カングァン4月22日 本当
本当のところは 本当の事って 本当の気持ちは 本当は…?。
きっとみんな答えられないのかもしれないね。
プー カングァン4月20日 乾杯
1プラス1イコール2にならないのが人生。
ならば1マイナス1が0にならないのも人生。
この不可思議な人生に乾杯。
プー カングァン4月19日 正常
世の中に正常な人はいるの?
僕はいつも木が人の顔に見えます。
プー カングァン4月18日 人なのに
会話ってなんて難しいのだろう。
伝え合うって本当に難しい。
コミュニケーションあっての人なのに!
プー カングァン4月16日 至難の業
人生は本当になかなかうまく行かない。
こちらがよければあちらがよくないというふうに。
うまく行くのは至難の業。みんなどのように生きているのだろう?
プー カングァン4月15日 深酒
昨夜は飲み過ぎてしまいかなりへべれけになってしまったプー。
たまには深酒もいいものでした。
プー カングァン4月13日 コート
お世話になったコートを脱ぎ捨てて、春の日差しの中を、心ときめかせ歩いていこう。
プー カングァン4月12日 生命
生きれば生きるほど人生が見えてくると思ったら、生きれば生きるほど人生がわからなくなってきた。
このままで生命を卒業するのだけは真っ平だと思いながらも、ズルズルと年を重ねているプーでした。
プー カングァン4月11日 桜
今年の桜はなかなか散りません。
そんな姿にいたいけな感じがして、心から感謝するプーでした。
プー カングァン4月10日 禍福
禍福は糾える縄の如し。
プー カングァン51歳。
今はまだ人生を語れない。
プー カングァン4月9日 桜の花
桜の花の散る時が来ました。
始まりがあれば終わりがあり、このことを心でしっかりと受け止めて生きていきたいと思うプーでした。
プー カングァン4月8日 いいなあ
恋っていいなあ、愛っていいなあ、 人間っていいなあって心から思える日は来るのかしら。
プー カングァン4月7日 生き方
この数日、昔とても大切にしていたことを思い出した。
生き方に関わる大切なことを…。
プー カングァン4月6日 前を向く
前を向くということがどれほど大切なのかを今思い知らされているプーでした。
プー カングァン4月5日 考え方次第
要は考え方次第。
そう、ほとんど考え方次第。
プー カングァン4月4日 いずこに
ようやく新しい自転車を買う。
初乗りしたが、やはり以前の自転車が乗りやすい。
プーのマイチャリはいずこに。
プー カングァン4月3日 無題
繰り返す私は終わりの無い命を思い、媚びた笑いを今日も一日ふりまく。
つまらない不幸に一喜一憂し、老いた体をよっこらしょっと動かしていく。
ああ、だんだん体が重くなってくる。
プー カングァン4月2日 苦い盃をも
思いもよらぬことが起こり得るのが人生。
定めに翻弄されるのならば、苦い盃をも豪快に一気に飲み干してしまいたい。
プー カングァン4月1日 深い心配
深い心配が晴れた時、まさにそれは青空。
そんな気持ちでみんなが生きていけたら人々は幸せなんだろうなあと、ふと思うプーでした。
プー カングァン3月31日 気弱
気弱になるのはなぜだろう。
今あるのに何もないと心のどこかが叫んでしまうからかしら。
プー カングァン3月30日 僕のせい
寒いのは風のせい。
凍えるのは冷たい夜の帳のせい。
いや、全ては人を信じられない僕のせい。
プー カングァン3月29日 覆水盆に返らず
覆水盆に返らず。
時間が戻らない限り無理なのか。
今はただ思い出に涙するだけなのか。
プー カングァン3月28日 逃げる術
一難去ってまた一難。
人生は難儀なことだらけ。
難儀なことから逃げる術はないものか。
プー カングァン3月25日 春なのに
春なのにお別れ。
暖かい日差しなのに卒業。
春なのに、春なのに、みんなとバイバイ。
春なのに、春なのに。
プー カングァン3月24日 卒業
春は別れの季節。
卒業の季節ですが、新しい人生に幸多かれと願わずにはいられないプーでした。
プー カングァン3月23日 偶然
この頃偶然がとても多い。
もしかしたら誰かが仕組んでいるのかしら?
プー カングァン3月22日 難しい
信じるって何て難しいんだろう。
自分が信じられないのに、人を信じれるわけがない。
プー カングァン3月21日 春が来た
今年も去年と同じように春が来た。
こんなにまで約束を守ってくれる春に感謝。
プー カングァン3月20日 ジン
人はみな成長したいと願うけど、これがとても難しい。
あっという間に成長できる酒でもあればいいのになと思いながら、今日もジンをあおるプーでした。
プー カングァン3月19日 ようやく
意味の無いと言われることに何と意味が多いことか。
ようやくそのことに少し気づき始めたプーでした。
プー カングァン3月18日 知らんぷり
なんでこんな変な世の中になってしまったのだろう。
平和から少しずつ着実に遠のいているというのに。
多くの人たちは知らんぷり。
プー カングァン3月17日 里帰り
里帰りって不思議だ。
色や匂いが甦ってきて、年をとったことをすっかり忘れてしまう時がある。
プー カングァン3月16日 繰り返し
会うは別れの初めなり。
別れは会うの初めなり。
本当に人は会うと別れの繰り返しなのですね。
プー カングァン3月15日 ますます不思議だ。
怒りや悲しみは自分からではなく、どこか遠くの世界から来るような気がする。
生きれば生きるほどますます不思議だ。
プー カングァン3月14日 そう思うようになったプーでした。
辛さや悲しさがいつかきっと、その人を優しい人に変えて行くという言葉があるけど、この頃つくづくそう思うようになったプーでした。
プー カングァン3月13日 人生
自分の想像した人生とは全く違う人生。
でもそれもまた人生。
プー カングァン3月9日 わからない
明日なんてわからない。
いや、ちょっと先だってわからない。
今だってわからない。
そう、どうなるかなんて誰にもわからない。
どうなっているかだってさえわからない。
わからない、わからない。わからないってことさえわからない。
頭を抱えてもわからない。
自分さえもわからない。
笑えなくなったのはいつからだろう。
プー カングァン3月8日 あなたは誰
心から愛する人が一人いれば、人は生きていける。
逆に、愛する人が一人もいなければ、人は生きていけない。
愛する人よ、あなたは誰?
プー カングァン3月7日 涙の池
優しさって一体なんだろう。
優しさってきっと涙の池でできているのだろう。
プー カングァン3月5日 桜
今年も桜を見ることができると思うと、心から内側から幸せを感じます。
プー カングァン3月4日 音楽のいいところの一つ
音楽のいいところの一つは、その時代の音楽を聴くと、その時代にタイムスリップして、その時代の自分に戻ること。
この一つをとっても音楽って本当に素晴らしいなあと思うプーでした。
プー カングァン3月3日 それが問題だ
わけのわからないことばかり。
わかったつもりでもわかったつもりだけ。
わかった気になってるだけ。
じゃあどうすればわかるのか?
うーん、それが問題だ!
プー カングァン3月2日 自分の悪いところ
自分の悪い所に気づくって本当に至難の業。
でも気づき反省すると魂が喜ぶ気がする。
プー カングァン3月1日 出会いと別れを繰り返し
春は別れのシーズン。
別れって本当にさみしいものですね。
でも、別れがあるからこそ出会いがあるのだと思います。
これからもプーは出会いと別れを繰り返し、生きていきたいと思います。
プー カングァン2月28日 難しい
人と付き合うのはとても難しい。
なぜって、どうしても自分が一番かわいいから。
例え自分が一番嫌いでも。
プー カングァン2月27日 ひとりごと
変わりたいけど変われない。
もういいやと思ったら変われるのかな。
プー カングァン2月26日 不公平
努力はなかなか実を結ばないが、怠けると見事に落ちて行く。
なんか不公平だなと思ってしまうプーでした。
プー カングァン2月25日 だからこそ
人が仲良くすることはとても難しい。
なぜならば人はどうしても自分を過剰に守ってしまうから。
この壁をどうしても人は越えられないから。
でも、だからこそ、人は人と仲良くしたいのです。
プー カングァン2月24日 人は人に
人は人に伝えたい。
でも人に伝える術を間違え、人は人に毒を与え、人は人に傷つき、人は人に心を閉ざす。
あー、出口はないものか?
プー カングァン2月23日 涙雨はつらい
天気にも晴れや曇りや雨があるように、人の心にもいろいろある。
いろいろあるからこそ人の心なのだが、やはり涙雨はつらい。
プー カングァン2月22日 心の春
日一日と暖かさが感じられる今日この頃。
もうすぐ桜の花も咲く季節。
僕にとっても、みんなにとっても、心の春が訪れますように。
プー カングァン2月21日 ひとりごと
ああ、いつになったら越えられるのだろう。
越えるものがあまりにも大きすぎる。
プー カングァン2月20日 信じて歩いていきたい
人の心は移ろいやすく、定かなものでないということはよくわかるのですが、変わらない心もあるのだと信じて歩いていきたい。
プー カングァン2月18日 平和の世
平和を願う気持ちは誰にもあるのに、人の世はいつも戦争の世。
平和の世、祈るだけでは訪れない。
平和の世、願うだけでは訪れない。
平和の世、平和の世、どうすれば…。
プー カングァン2月16日 どちらも
さぼれば自ずからさぼりの人生が待っている。
さぼらなければ自ずからさぼらない人生が待っている。
どちらを取るかは己の自由。
ただ言えることは、どちらも大切な人生ということ。
プー カングァン2月15日 どうしても長電話
携帯の通話料が高いので、できるだけ電話はしないでおこうと思うが、さみしがり屋のプーはどうしても長電話。
いかんいかん。
プー カングァン2月14日 歌わせていただきます
17日金曜日はプーの入場無料投げ銭コンサート。
うーん、人がたくさん来てくれたらいいな。
でも、少なかったとしても、心をこめて歌わせていただきます。
プー カングァン2月13日 冬にもかかわらず
冬にもかかわらず太陽の日差しがとても痛い。
オゾンの破壊とか様々な影響が、日一日と出ているが、僕たちはほとんど手をこまねいているだけで、何もできずに日々を送っている。
プー カングァン2月12日 一つになりたい
言葉では表現できない思い。もしかしたら人の心は全て言葉では表現できないのかも…。
逆に言えば、だからこそ愛する人と一つになりたい。
プー カングァン2月11日 不安
不安はどこから来るの。
心、頭、精神。
体、魂、DNA。
それとも不安から?
プー カングァン2月10日 人はみな
人はみな孤独を覚え、孤立感に震えたことが一度や二度はあると思います。
それはとても美しい心の精神活動だとプーは思いたいのです。
プー カングァン2月8日 うーん、本当に難しい
視点を変えれば見方が変わる。
読んで字の如くだが、これがとても難しい。
無駄な経験はあてにならないし、時には無駄な経験もあてになるし、うーん、本当に難しい。
プー カングァン2月7日 怪我の功名
最近とても睡眠不足。
いつもとても眠いので、思い悩むことが少しだけ少なくなってきた。
怪我の功名かな?
プー カングァン2月5日 出会いたい
この際、もう一気にたくさんの人と出会いたい。
出会えない人たちとも出会いたい。
そして、自分の中の出会えない自分とも出会いたい。
この際だから。
プー カングァン2月3日 わかってはいるのだが…
生き抜くことが大切。
歌い続けることが大切。
忍耐し続けることが大切。
わかってはいるのだが…。
プー カングァン2月2日 歩むプーでした
歌い続けて何十年もの月日が経ったけど、本当に進歩の少ない自分の歌の人生に辟易しているプーですが、それでもいい歌を歌うべく歩むプーでした。
プー カングァン2月1日 生きるって難しい
この頃よくコーヒーを飲むが、コーヒーの歴史を考えるととても複雑な気持ちになります。
生きるって難しい。
プー カングァン1月31日 無題
長く生きたような、いや、昨日生まれたような、いや、今、生まれたような…。
プー カングァン1月30日 一人言と書いて
一人言と書いて、一を信じると解く。
その心は、常に人生はいつでもスタートである。
プー カングァン1月29日 夜の太陽、お月様
都会の人には実感が薄いかもしれませんが、夜の月はとても明るく、言葉にすると夜の太陽と言っても過言ではないくらい、その白く輝いた月の美しさは、過去・現在・未来の美女達を簡単に凌駕してしまうほど。
みなさん、忙しさの中でたまには、夜の太陽、お月様に恋してみては如何でしょうか。
プー カングァン1月28日 キャッチボール
人生は思いも寄らない事の連続。
まるで天国と地獄を行ったり来たりしてるような感覚。
お釈迦様とサタンのキャッチボールのボールのような感覚。
こんな感覚、プーだけなのでしょうか。きっとみんなもあるよね。うん、あるある。
プー カングァン1月27日 うーん、どうしたものか
プーの心配性には本当に参る。とにもかくにも一番最悪な事態を想定してしまう。 まるで不幸になる準備をしているかのように…。
自分で作った世の中でないのに、未来を恐怖により決定してしまうなんてとんでもないことだとは思ってるのだが、この癖は今なお治らない。
うーん、どうしたものか。
プー カングァン1月26日 銀行はひどい
預ける時は0%に近く、借りる時はとても高い金利。
おまけに振り込み手数料なども高く、しかもカード作るのも何の前ぶれもなしに有料。
プーは新しい通帳作るのやめました。
プー カングァン1月25日 サタンの手招きのようだ
慣れは怖い。どんなことにも人はすぐに慣れ、少々のことは笑って済ませてしまう。
慣れはサタンの手招きのようだ。
プー カングァン1月24日 青い空
空を見上げると、抜けるような青い空。幼い頃の事をふと思い出す。
父と二人、東京から大阪に里帰り。だけど父は僕を残して東京に帰ってしまい、父さん子の僕は泣きまくりパニック。
そんな僕を見かねて、年上のいとこが凧上げに連れて行ってくれた。
その時の空が今日の空にとてもよく似ている。
しばらくして父が僕を東京に連れて帰ってくれたが、不思議と迎えに来てくれた事を僕は覚えていない…。
プー カングァン1月23日 自分に一番腹立つわい
世の中、腹の立つことが多すぎる。立場の弱い人間ばかり非難が集中。強い者にはエヘラエヘラ。
きれい事ばっかり並べて中身は腹黒い。独善家たちが闊歩闊歩。もういい加減にしてほしい。
でもこのプーも、この腹の立つ社会を担っている一人。えーい、自分に一番腹立つわい。
プー カングァン1月22日 フルバン
昨日、ブンガにて本格的なバンドの初めての演奏がありました。
うーん、やはりフルバンドはいいなあ。以前はプーもフルバンドで歌っていたのだけど、また近い将来フルバンドで歌いたいなと思いました。
プー カングァン
1月19日 このプーがそうだから
コートの襟を立てて寒いプラットホームで佇む人人々を見ていると、何のためにみんなは生きているのかなあ、などと問うてしまう。
鉄の塊の満員電車を寒さに凍えながら待つ人々は、きっと何かに怯えているのだろう。きっと何かにせき立てられているのだろう。
なぜそう思うのかって、このプーがそうだから。
プー カングァン1月18日 人生って摩訶不思議
人生とは山あり谷ありと言うけれど、本当に波のようだと最近つくづく思うようになった。
上がれば下がるし、下がれば上がるし。
人生って摩訶不思議。
プー カングァン1月17日 人を信じることの難しさ
大切な人を信じることは、言葉では言えないほど難しい。
それはまるで、白い砂浜で砂の数を数えるかのような、気の遠くなるような感じのもの。
ああ、気づけばみんな星になるというのに。
プー カングァン1月13日 夢を見るには
夢を見るには力が必要だと誰かが言っていたけど、まさにこの頃、心底そう思うようになってきた。
夢を見続けながらこの世を生きていきたいものだ。
プー カングァン1月11日 今日もまた
今日もまた中央線は人身事故。
本当に毎日毎日人身事故。
悲しみの絶える日はないものか?合掌。
プー カングァン1月10日 不思議なこともあるものだ
予知夢というのはあることは知っていたが、長年会わなかった友の夢を見た数日後、つまり今日、実際にその友と会えた。
嬉しいのはもちろんだったが、その偶然に全く驚かされる。
不思議なこともあるものだ。
プー カングァン1月8日 自分には自分が見えないものなのかも
気がついたらここにいた。確かに選択したのは他でもない自分なのだが、今の結果を見たらめまいがするほど望んでない自分がいた。
でももしかしたら望んでないと勘違いしているだけで、その都度大いに望んでいたのかもしれない。
それほど自分には自分が見えないものなのかも。
プー カングァン1月7日 価値観
フッと振り返ると、プーの価値観もその時代その時代によって随分変わったなと思います。
これは絶対変わらないと思っていた価値観がいとも簡単に変わってしまった経験を過去に何度もしました。
主に出会いや別れがきっかけになり、価値観が変わったのだが、プーはあと何回大切な価値観が変わるのだろう。
プー カングァン1月6日 全くのお手上げ
世の中わからないことだらけ。
それでも以前は少しはわかっていたつもりだったのに、実はそれすらもわからなかった。
うーん、本当に何もかもわからない。
自分もわからないし、全くのお手上げ。
プー カングァン1月3日 一にも二にもコミュニケーション
年が変わり、様々な思いを胸に、今年こそはと思ってらっしゃるみなさん、本当に今年こそはいい年にしましょう。
そのためには一にも二にもコミュニケーション。
2006年のキーワードはコミュニケーションです。プーも今年こそはコミュニケーションをしまくりたいと思っています。
どうぞよろしく。
プー カングァン----2005年----
12月30日 来年もよろしく
ライブバーBUNGA、今年ラストの営業でした。
たったひと月の期間でしたが、本当に様々なことがあり、言葉で言い尽くせないので、したためることはしません。
でもみなさんに感謝という言葉だけ書かせていただきます。
本当にありがとうございました。
そして来年もよろしく。
プー カングァン12月28日 越えなければならない
生きて行くことに懸命に生きているのではなく、奴隷として生きていくことに懸命になっている様子は哀れとしか言い様がなく、何万回の説明をしてもきっと理解できないのだろう。
奴隷の人生から逃れる術はきっと一つ。それは奴隷の頂点に立つこと。
しかしそれこそ奴隷そのもの。
ああ、そのヒエラルキーから逃れたい。いや、逃れなければならない。いや、越えなければならない。
プー カングァン12月26日 帰路についています
寒風吹きすさぶ中、仕事を終えて夜中、今日はチャリンコでなく歩いています。ただただ歩いています。
寒さも考えによっては心地良く、体と心がキュッと締まる感じ。
人生もキュッと締まりながら歩いていきたいなあと思いながら帰路についています。
ああ顔が痛い。45分の道のり。
プー カングァン12月21日 たとえお客さんが一人でも
生まれて初めて毎日ステージで歌っています。一日も欠かさず毎日ステージに立つのは本当に生まれて初めて。
どんどん歌がいい感じになってくるという実感があります。
みなさん、一度プーの歌を聴きにいらっしゃいませんか。
たとえお客さんが一人でも、リクエストがあればプーは心のこもった歌を歌いますよ。
プー カングァン12月19日 いざ生きめやも
深い海の底から湧き出る命の泉は、長い長い時の流れを経て私たちの身体と魂を作り上げていく。
孤独と孤立に打ちひしがれているさみしき汝よ、もう一歩、歩み出てほしい。
地獄の時と空間は、実は優しき母の胸であったと感じる時が来るであろうから。
君の涙は海の涙。君の笑顔は宇宙のリズムと光の調和。
さあ、与えられた時と空間の中をダイナミックに、いざ生きめやも。
プー カングァン12月17日 今日はたまちゃんライブ
今日はBUNGA(ブンガ)初のライブの日でした。
トップはたまちゃんライブでした。彼の優しい人柄が出る素敵なライブで、LIVE BAR BUNGAもプーもとても幸せな一夜でした。
これからも素敵なアーティストたちを呼んで素晴らしいひとときを作っていきたいと思います。
たまちゃんご苦労様でした。これからもよろしく。
プー カングァン12月16日 素直に素直に
店が終わって、今は駅からチャリを使って帰っています。
寒風吹きすさぶ中、夜中にチャリを走らせると耳が痛くなり、その感じが何か言い様の知れない懐かしい気がしてくるのです。
この頃いろんなことがとても懐かしい。いろんなことがとてもいとおしい。
その都度その都度の人生の響きが心によく届きます。
素直に素直に、できるだけ素直に生きていきたい。
プー カングァン12月15日 走りまくろうと思うプーでした
店ができてから時間が無くて、全くランニングしてません。
星空の下を走り抜けるあの爽快感がプーはとても好きで、本当に走ることが好きなプーは、今走りたくてムズムズしています。
店に慣れて時間が取れるようになったら、また走りまくろうと思うプーでした。
プー カングァン12月13日 この世とあの世
プーもこの年になると、この世を去る人たちがとても多くなってきます。
あの世があるのならば、少しは心も慰められるのですが、まだ見ぬあの世に実感することもできず、この世に居ながらあの世に行く人たちの思いを感じるプーでした。
プー カングァン12月9日 出会いに来ませんか
今日の店での出会いは、サルサ初めてなのにとても上手に踊った人と年代がほぼ同じだったり、切り絵の素敵な画家さんや、お酒がとても大好きな人や、書ききれないほどいい出会いがありました。
お店が閉まる前に一人で来ていただいた女性の方もとても素敵で、プーが一曲プレゼントすると喜んでいただいて、プーの方がうれしくなりました。
出会いの為につくった店が、まさに今現実となって、出会っています。
みなさんも一度プーの店LIVE BAR BUNGAへ出会いに来ませんか。
プー カングァン12月6日 見事な三日月でした
昨夜、すごいきれいな月を見ました。
見事な三日月で、あの美しさはどんなすてきな画家がチャレンジしても描けないだろうなと思うくらいの素晴らしい月でした。
みなさん見ましたか。
プー カングァン12月4日 残念
残念。雨のため路上で歌うことができませんでした。
本当に残念。来週こそは代々木公園で歌いたい。
みなさん待っていて下さいね。
プー カングァン12月3日 明日は2週間ぶりに路上に出ます
店を出してから早1週間がすぎました。
まだまだ手探り状態できちんと回転していないのですが、1日も早くいいライブバーにして、みんなに喜んでもらえたらなあと思ってます。
明日は2週間ぶりに路上に出ます。やはりプーは店で歌うのもいいのだけど、青空の下、大地の下で歌うのが大好きなので、寒さも全く気にせずに明日は歌いたいと思います。
NHKの方にもプーはどこにいるんだという問い合わせが結構あったみたいで、いかにプーのライブバーオープンと言えど、2回も休んでしまったのは路上に来ていただいた方々に本当に申し訳なく思います。
この紙面を借りてお詫びします。本当にごめんなさい。明日は懸命に歌いますよ。
プー カングァン12月1日 いい感じになってきました
ミスを重ねながらもBUNGA(ブンガ)は順調に回転し始めました。
スタッフも懸命にがんばってくれていい感じになってきました。
しばらくはみんなが慣れるまでもう少し時間がかかると思いますが、その時が来れば有意義なイベントをどんどんして行きたいと思います。
プー カングァン
11月26日 みなさんのご愛顧をよろしくお願いします
さまざまな苦難を乗り越え、LIVE BAR BUNGA(ブンガ)が開店の日を迎えることができたのは、ひとえにみなさんのお蔭です。
プーひとりの力ではとてもじゃないですけど、こんなに素敵な店はできなかったことでしょう。
この感謝の気持ちを忘れず、LIVE BAR BUNGA(ブンガ)を最高の店にしますので、みなさんのご愛顧をよろしくお願いします。
プー カングァン
11月22日 ホッと一安心
荻窪駅で見知らぬ人から、「テレビ見ましたよ」と笑顔で優しく声をかけていただきました。
みなさんにどう映っていたのか心配でしたが、ホッと一安心する出来事でした。
プー カングァン11月21日 音楽って本当にいいなあ
今日は待望のラメ入りのドラムスセットが入りました。
うーん、何と美しいんだろう。
楽器って本当に美しいと思いませんか。
音楽は本当にいいなあ。
プー カングァン11月16日 無題
ようやく今日は寒くなり、ホッとしています。
だって、暑い冬なんて、みんな、怖いと思いませんか。
プー カングァン11月13日 今日でNHKの取材・撮影が終わりました
代々木公園で歌う僕をNHKのみなさんは懸命に取材・撮影してくれて、逆に僕がその真摯な姿に心打たれました。
8日間もの長い間プーの歌とおしゃべりを、仕事とは言えそこまでしてくれるのかと思うくらい、優しさにあふれたその態度は、まるで10年来の知己のよう。
今日でNHKの取材・撮影が全て終わったのですが、自分でも驚くくらい本当にさみしさを感じています。
NHKの皆様、本当にありがとうございました。
プー カングァン
11月10日 NHKのみなさんありがとうございました 午後1時に我が家で取材・撮影を開始。そして夜は荻窪のプーの店で取材・撮影。
あっという間に終えるが、残すところ今週の日曜日の大道での1回になる。
計8日間の取材・撮影だったが、終わるとなるととてもさみしい。語ることによって再度認識したこともあるし、新しい発見もあった。
今回の取材・撮影は僕にとって有意義なものでもあったし、素晴らしいものでもありました。
少し早いのですが、NHKのみなさん、ご苦労様でした。そして、ありがとうございました。
プー カングァン
11月9日 明日はいよいよ
明日はいよいよ、壁、床、エアコンなどなどの内装工事の契約の日。
いよいよここまで来たか、と感慨にふける暇もなく、次から次へと準備の仕事が待っている。しかもその間にNHKの取材もまだ残っていて、プーさんは大いに大忙し。
この大きな山を乗り越えたら、自分で自分にささやかなご褒美をあげたいな…。
プー カングァン11月6日 乞うご期待
近日中に40年ぶりの感激の同窓会について書きます。
乞うご期待。
プー カングァン11月2日 ランニング
プーは人と人とのコミュニケーションが苦手なので高校のとき陸上部に入ったのですが、その名残で今も一人黙々と遊歩道を走ってます。
風を切り、緑を感じ、星を眺め、月を仰ぐ。
ランニングはまさに自然を感じさせる素敵なひと時なのです。
これからプーはとても忙しくなりますが、少しの時間をみつけながら走っていきたい と思っています。
みなさんもたまには自然の中を軽くランニングをしてみてはいかがでしょうか。
プー カングァン10月29日 またまた開きます
今日、早稲田奉仕園にて、「全ては出会いから始まる」という集いをしました。
思ったとおりなかなか面白くて、またこの集いを開いてほしいという要望も多かったので、近いうちにまたまた開きます。
みなさん楽しみにしていて下さいね。
プー カングァン10月28日 早やクリスマス
西友やニトリへ行くと、早やクリスマスの商品がザッと並んでいる。
まだ10月だというのに、本当に気の早い。自分の年のせいもあるのだが、季節のイベ ントもこのように先取りの状況ではやはり、どんどん年を取っていくことになお一層 拍車がかかっていくような気がする。
企業側としては先取りは仕方ないのだと思うが、それにしても、ちと早すぎるので は、と思うのはプーだけなのでしょうか。
プー カングァン10月27日 いよいよ明後日
いよいよ明後日、早稲田奉仕園にて、プー主催の初めてのオープンマインドの集会が開かれます。
どうなるか全く予想すらできませんが、全ては出会いから始まる、のコンセプトのもとに、当日に臨もうと決意するプーでした。
プー カングァン10月26日 プーのライブバー
11月25日オープン予定のため、今日もミーティング。
日にちが近づいてくると、小心者のプーは心配だらけ。
でも何とか乗り切って、みんなが癒されるステキな時と空間を作りたい。
プー カングァン10月23日 いい出会いにほろ酔い気分
NHKのYさんの取材と撮影を終えて、ホッと一安心のプーです。
彼の人柄に触れ、楽しかったひとときを今思い出しながら、人生の出会いの素晴らしさに、お酒を飲んでもいないのにほろ酔い気分。
Yさん、この数日とても楽しかったです。心よりどうもありがとう。そして、これからもよろしく。
プー カングァン
10月19日 遊歩道にて
大阪から上京してきた母が、明日帰ります。年老いた母と夜遅く、秋の夜の寒さ の中、ゆっくりと二人歩いていると、木々の緑の隙間がちょうど円になっていて、そ の円の中に白いきれいなお月様と、ほんの少し離れたところにかわいいお 星様が光っています。
思わず母に「お母さん、すごくきれいだよ」と母の小さくなった肩を両手でそっと支 えながら見える位置まで誘導すると、ようやく気づいた母が、子どものように無邪気 に「うわー、きれい」と感嘆する。
若き日より医者に長生きは難しいと言われた母が、80になる歳まで生き長らえて、い つのまにか51歳になったプーと二人、仲良く人生の後悔をしながら、これからもがん ばっていこうと励まし、二人ゆるりゆるりと家路につく。
秋の夜長のひとときでした。
プー カングァン10月16日 陸上部
今度の正月は店のこともあるし、ふるさとにはもしかしたら帰れそうもないなあ。そ う言えば、市のマラソン大会が1月1日にあるとのこと。50歳以上の部に登録しようか な。最近は忙しすぎて遊歩道を走る日がめっきり少なくなってしまったけど、ちょっ と気合いを入れて走ろうかな。
高校時代、人とうまく付き合えないプーは、人とのつながりの少ない陸上部を選んだ のだが、それが高じていまだにプーはひとり走っています。いつかどこかの走ろう会 にでも入ろうかなあ。今度プーと走りたいなと思う人が万が一いるなら、いつか一緒 に走りましょう。
プー カングァン10月15日 プーのカクテルとプーの歌を
いよいよ本格的にプーのアジアン風ジャズバー造りが始まりました。
荻窪駅北口歩いて3分。地下1階90平米の店ですが、とにかく素敵な店にしたいので、何かみなさん素敵なアドバイスがあればプーにどんどん書き込み下さい。
まずはプーは、カクテル作りの練習に励もうと思っています。疲れた皆さんにプーのカクテルとプーの歌を…。
プー カングァン10月13日 国際救助隊がほしい
マグニチュード7.7の地震がパキスタンを襲いました。
世界各地でこのような災害が起きていますが、僕は常に思うのですが、救助する専門 家が本当に少ないということを痛感せざるをえません。
日本は特に、官僚に渡すお金があるのならば、その何割かを使って救助する専門の組 織を作ってみては、と切に願うプーです。
今まさに国際救助隊なるものを作って欲しい。いや、作らなければいけない。
プー カングァン10月3日 広島で久々に歌ってきました
9月26日、“姜仁秀さんの「誇らしい韓民族賞」受賞を祝う会”に広島まで呼ばれ、 歌ってきました。
姜先生のことはビデオやその他の資料よりその人となりを自分なりに理解し尊敬してい たのですが、実際にお会いするとそれはもうとても優しい方で、長年の苦労を微塵も 感じさせないほど笑顔が素敵な方でした。
姜先生を祝う会に招かれて歌える僕はとても幸せな人間だと思い、心から力の限り歌 いました。
そしてまた、たくさんのいい出会いもあり、いつの日か再び広島の地を訪れたいなと 思うプーでした。
P.S.夜中、ホテルを出て広島平和記念公園まで歩き、原爆ドームで手を合わせてホテ ルに帰りました。平和な世の中はまだまだ遠い。
プー カングァン9月11日 大海の一滴でも
長い歌の流浪の旅を経て、東京に出て早20年。世の中、本当に悪くなったなあとつ くづく思います。
様々な情報が大量に流れて、どの情報を信じて良いのか解らなくなってきた。 きっと僕も含めてみんな先が読めなくなったなとつくづく実感します。
世界は不幸な戦争があちこちで起こっているし、日本もいつ巻き込まれるかわからな い状況に陥ってきてるし、これから人間はどこへ行くのだろう。
大海の一滴でしかないプーは、兎にも角にもラブ&ピースをただただ歌っていくだ け。何かくやしいなあ。
プー カングァン8月26日 あきらめない限り
平和の歌を歌い続けることをあきらめないぞと自分に言い聞かせ、兎にも角にもあきらめない限り歌い続けることができるんだと懸命に生きてきたら、はたと気づくともう25年以上も歌い続けてこられた。
これからもあきらめずに、プーは歌い続けていきます。
プー カングァン8月8日 夏の昼下がり
太陽ギラギラ、夏の昼下がり、近所の遊歩道を散歩している時、あまりの気持ち良さ に青空の下で急に裸になって歩きたいという強い衝動に駆られる。うーん、でも本当 にその行為をすると結果どうなるか見え見えなので、我慢する。
一糸まとわぬ姿で何も気にせず緑の中を自由に歩けたら、きっととっても気持ちいい だろうな。
プー カングァン7月30日 文明のおまけ
暑すぎる夏も天変地異を感じさせ困るのだが、暑すぎる夏に強すぎる冷房も大いに困 る。
そもそも人間は下半身を冷やすことは万病のもとになるにもかかわらず、あらゆると ころでその万病をわざと作っているとしか言い様の無いくらいに冷房しまくってい る。暑すぎる夏に足腰を冷やさないがために、ひざ掛けを常に持参しなければいけな い人もいるほど。
文明が進むということは、こんなおかしな矛盾が生じるということなのか?
あまりにも変なおまけが多すぎると思いませんか?
プー カングァン7月17日 愛の歌
悲しく、むごいニュースばかりが巷で氾濫している中で、嬉しいニュースはほとんど 皆無と言っていいくらい少ない。みんな、悪いニュースが当たり前になっているんだ ろうなあ。プーだってそうだもん。いつからニュースってこんなに悲惨な出来事があ ふれてきたんだろう。そう、それだけ人類が今危機に瀕しているのだろう。でも、平 和の為にがんばっている人たちもたくさんいるのだから、決してあきらめずに歩いて いきましょう。
プー カングァン愛の歌
1.涙にぬれた人達悲しみ多い毎日
人を世の中自分さえも恨んで呪う人生
おなかを空かしてる子供達明日の生命さえ解らない
おなかを空かせて死んだ子供の親は悲しい
家族が食べてゆくために娘を売る家もある
売られてゆく娘達の心は体は誰のもの
僕にできることはたったひとつだけ
生命つづく限り愛を歌うこと
愛の歌君にとどけ悲しみをのりこえて2.家のない人達は北風吹く夜も
寒さに震えながらけんめいに生きている
多くの人達の助けを呼ぶ声が
君にも聞こえるだろう耳をすましてごらん
人が人を欺き人が人を憎む
人が欲望のために人の生命さえ奪う
力ないこの僕に残されたひとつの道
生命果てぬ限り愛を歌うこと
愛の歌君にとどけ悲しみをのりこえて
愛の歌共に歌おう苦しみをのりこえて7月17日 本当にヤバイ
人間の異常なほどの誤った幸せ観を求める経済活動の為に、今、人類が多方面におい て絶滅の危機に瀕しているということをみんなが実感をもって生きてくれたらなあと 切に願うこの頃のプーです。もっともっとこの状況に危機感を抱きましょう。みなさ ん、気温上昇一つとっても本当にヤバイと思いませんか。他人事でないと思えば、一 人一人が「何をしていいかわからない」などという言葉は無くなり、何か自然に一人一人 が動けるのではないでしょうか。プーももっともっと危機感を持って、もっともっと 動きたいと思っています。
プー カングァン7月17日 路上での思い出
昔、若かりし頃、路上で座って歌を歌っていると、人が全然寄ってこなくて、それで もなおかつ懸命に歌っていると、ちょうちょが人の代わりにプーに寄ってきて、しま いにプーの肩や頭に止まり、そしてずーっと休憩もしくはプーの歌を人様の代わりに 聴いてくれているかのようにしてくれている。
その様子を見た人々がとても興味を示し、プーの歌を聴いてくれたというお話です が、あのちょうちょは輪廻転生があるならば何か縁のあったものかもしれませんね。
プー カングァン7月17日 トンボ
昔、若かりし頃のある夏の日、電車内にトンボが紛れ込み、車内のお客さんが、特に 若い女の子たちがギャーギャーとうるさくて(若い女の子は虫などを嫌がる傾向が強 いのではと思うプーでした)トンボがかわいそうになったプーは、本当に何も考えず に手を差し出すと、トンボがプーの指に止まり、じっと大人しくしたので、次の停車 駅でドアが開かれたので、トンボを外に出してあげる。
その光景を車内のみんなは奇異に見てたような記憶があるのですが、夏の夕暮れに散 歩していて、その出来事をフッと思い出したプーでした。
プー カングァン7月11日 僕の方こそ癒されました
7月10日、この日は暑くて暑くて、頭クラクラ汗びっしょりの中で懸命に歌う。聴く人ほとんどいなくて、ちょっぴりさみしく帰ると、メールが入っていて、何と心温まる励ましの言葉。「今日の路上ライブ癒されました」とのこと。このメールを見て、プーの方がとても癒され、疲れが一気に取れて、幸せな気持ちになったプーでした。
P.S.歌っている時は聴いていただいているとはゆめゆめ思っていなかったのですが、この出来事を踏まえて、これからは聴いていただいている聴いていただいてないにかかわらず、心をこめて一曲一曲を路上で大切に歌いたいと思いました。もちろん、青い空や一陣の風にも・・・。
プー カングァン6月27日 6月9日 母と二人、懐かしの恵比寿
母が上京して来たので、第二の故郷・恵比寿を懐かしく散歩して周る。母は大きな悔いもあるので(東京で幸せに暮らしていたにもかかわらず、ある理由で大阪に引越しをして、僕たち家族は辛酸をなめてしまう)、歩きながら愚痴を何度も僕に言う。足もさすがに弱くなり、歩くスピードはとても遅い。そんな母を見るととても悲しくなる。運命は不思議なものだ。大病持ちの母が長生きをして、今では早くお迎えが来てほしいと願っているほど。
この日の前々日恵比寿を訪れたにもかかわらず、僕は二日後の今日、無性に母とまた恵比寿を歩きたくなり、母と二人またもや恵比寿を目指す。男兄弟四人が通った小学校を母がぜひ見たいというので、まずはR小学校に向かうことにする。
電車を乗り換え、ようやく学校に着くと、昨今の事件のためか、施錠されたまま。無理かなとは思ったがインターホンで、大阪から母が来ていて、息子四人が通った小学校をぜひ見せてあげたいので、中に入れてほしいという旨を告げると、すぐに快く受け入れてくれて、校内を見ることができる。
昔は学校で盆踊り大会や映画会などもあり、地域の密接度は今とは比べものにならないほど強かった。母は「懐かしい、懐かしい」と何度も言い、僕の入学式に記念写真を撮った場所に行くと、「ここは昔と全く変わってない」と驚いて、まるで子どものように無邪気に喜んでいた。そこには水飲み場も昔のまま残っていて、僕はよく晴れた日に蛇口を指で押さえ、角度をつけながら水を思いっきり飛ばしてきれいな虹を作っていたことを思い出した。
案内してくれている女性に「一年一組の教室の中に入れませんか?」と言うと、「今は少子化でその教室は使われていないけれど、副校長が帰ってくれば中に入れると思います」と副校長を探してくれる。しばらくすると小柄で優しそうな中年女性をその人は連れて来てくれた。紹介を終えると今まで案内してくれたその親切な人は僕たちに一礼をして去って行く。その人に僕と母は感謝の礼をし、副校長について行く。
校舎の中に入ると副校長は「担任はどなたですか」と聞いてきたので、僕は「大村先生です」と言うと、副校長はびっくりしながら「それなら同級生です」と言う。僕も驚いて、確認のため、「一年一組ですよ。そこの小階段で入学式の記念写真を撮ったけど、覚えてます?」と聞くと、「はい、一年一組だし、そこの小階段で記念写真を撮りました。今もその写真は持ってますよ」「ええ!僕も持ってます」と言うと、彼女は「失礼ですけど、年齢は?」と聞いてきたので、「ちょうど50です。昭和29年生まれです」と言うと、「私は30年の1月ですから、間違いありません。同級生です」。
母はこの二人の言葉のやり取りを聞いてあっけにとられていて、言葉にならない言葉を発し、「こんなことってある?」と言いながら、感動し驚いていた。僕も彼女も不思議な連帯感を覚えながら、お互い言葉につまる。同級生であるということは紛れもない事実なのだが、如何せん、僕は全く彼女のことは覚えていなくて、他の同級生の名前を自分でもよく覚えていると思うくらいスラスラと何人かの名前を丁寧にもフルネームで言う。すると彼女は「実を言うと私は10月に引っ越して、一組のクラスメートの名前さえも覚えていない」とのこと。しかも、「私は背も低く、目立たなくて大人しかったので、みんなの記憶にないと思いますよ。でも、運動会は出ました」と言う。僕は、そうか、それで彼女のことを覚えていないんだな、と合点する。しかし覚えていないにもかかわらず、同級生であることには間違いないし、あの嬉しかった入学式や、一年生の最初の頃は、当時は幼稚園に行く子はほとんどいなかったので、学校が幼稚園の代わりに担任の先生が絵本を読んでくれたり、お遊戯をしたり、本当に楽しく過ごしていたので、その時期を共に過ごしたのだな、と思うと胸にこみ上げてくるものがあった。僕たちの担任の先生はとても優しい女の先生で、父兄の方たちにも人気があり、僕にもとても優しく、だからこそこの時代がいとおしく懐かしい。歌の旅を経て、東京に着いて20年間、矢のように過ぎて行ったが、その時代の友だちとは誰一人会っていなくて、初めてこの時代の同級生に会い、僕は感動した。彼女も「よくお遊戯しましたね。きっと一緒に手をつないで遊んだんでしょうね」と言い、お互い相手を覚えていないからこそ逆にリアルな感じがして、二人昔懐かしい話に花を咲かせる。しばらくしてさっき案内してくれた人に再び会い、その人に副校長が僕を同級生と告げると、とても驚いて「涙が出ちゃう」と言って、自分のことのように喜んでくれた。
人間の縁とは不思議なものだ。43年ぶりに一年一組の同級生と、時間と空間を超え、学校で出会えた。入学式の記念写真を家に帰ったら見て確認しましょう、とお互い約束して、母と僕は礼をしてさよならを告げる。彼女は校舎の前から僕たち二人を正門まで見えなくなるまでずーっと手を振ってくれた。そんな彼女に僕も何度も何度も振り返り、手を振った。
僕が母に急に「また恵比寿に行こう」と言い出したのも不思議だし、母が「学校が見たい」と言ったのも不思議。人間の人生は小さな縁の塊が大きくなり、小さな不思議の塊が大きくなり、それで人生が変わっていくのだなあ、人生に今日のような不思議な出会いや縁があるならば、少しは人生も捨てたもんじゃないな、と思った。遠い昔だった一年一組が、今日この出来事によってとても身近に感じられ、プーの半生が何か許されたような感じがした。そして、生い立ちから今の自分がつながった感じがして、安堵し、とても幸せな気持ちになる。現在の我が家に帰る道すがら、年老いた母が「今日は本当にいい日だった」とつぶやく。笑みを浮かべながらいつもよりほんの少し早く歩く母の姿を見ていると、母の人生がやり直せるものならば、とつまらないことを考えてしまったプーでした。お日様はあっという間に沈み、母と二人、家路につく。
プー カングァン6月20日 傍目八目
傍目八目と言うけれど、プーにとっては傍目八目どころかまさに傍目百目と言えるの かもしれない。
少し前までは傍目よりもむしろプーの方が先が見えていると思っていたにもかかわら ず、それは大きな誤りで、今、傍目百目という気分になる。
今の自分の大きな結論なだけに、少し憂鬱。
プー カングァン6月19日 大きな悪と小さな悪
私たちは小さな悪に対しては怒り、注目し、攻撃さえもする時がある。
しかし、大きな悪に対しては全く気付かず、無関心であり続ける。
この構図を少しでも変えていきたいなと思うプーでした。
プー カングァン6月16日 感動的な偶然
最近、偶然、知り合いと会うことが多くなる。うーん、不思議だ。
電車でバンドメンバーのギタリストに会ったり、家具屋さんで某コーヒー店に勤めて いた店員さんに会ったり、なんと46年ぶりに小学校の一年一組の同級生に会ったり! うーん、人生、不思議なことが多いなあ。何かが始まる知らせなのかしら。
プー カングァン6月13日 素敵な5組の親子連れに出会いました
6月12日(日)、いつものように代々木公園の池のほとりで歌っていると、素敵な5組 の家族の親子連れの人たちが、プーの歌を聴いてくれました。
子どもは小学校3年生から6年生までの本当にかわいい子どもたちで、お父さんとお母 さんたちも笑顔の素敵な人たちでした。
みんなの笑顔は近頃、東京ではあまり見かけなくなった心優しい笑顔で、歌っていた プーが逆に心癒されたひと時でした。
プー カングァン6月5日 夢思う
夢のような話だが、プーの理想郷はみんなが競争しない世界。
人間が動物である限り、自然が自然である限り、生きていくための動物的な競争心を否定することはむつかしい。
だが、今の競争は、本来人間のもつ動物的な競争の枠を越え、科学の発展によって途方もなく巨大化してしまった。
富める国では、生まれた頃からみんなが競争競争に明け暮れ、しまいには戦争や経済で大勢の人たちを殺しにかかる。科学も最初は人が幸せになるための進歩であるはずが、今では経済競争により、人類を何十回も殺せる武器を発明したり、、自然破壊もしまくりだ。近い将来、人類の少数が月へ逃げるということさえも現実化しそうな勢い。これら全て絶え間ない競争の結果起きた現象ではないか。
また、努力というのはどこの国でもとても素晴らしいことのように言われているが、このように競争のために努力することは、皮肉にも破滅への道へまっしぐら突き進むかのようにプーには見える。何のための努力なのか、それを見極めず誤った方向にいけばそれは大変な結果になってしまう。
そういう意味で冒頭に述べたように、プーはみんなが努力をしなくても、生きていくのに必要な食べ物を少しの量だけ自然からありがたく頂戴し、その日その日を心から感謝し歌を歌いながら踊りながら語り合いながら、仲良く平和に暮らしていける世界があればいいなと夢思うプーでした。
プー カングァン5月19日 歌の旅[
僕の歌の旅はお金がほとんど無かったので、移動には歩き、ヒッチハイク、そして各駅停車の電車の旅が主でした。今日はその電車の旅の話を一つ書きましょう。
ある時、あまりにも眠たくなったので、他のお客さんの迷惑を考えもせずに(その時、居合わせた人達には今では遅いけどゴメンナサイ)、車内の長椅子に寝袋を敷いてその中に入り寝てしまう。汚い大きなバッグとマーチンD35のケース、そして手すりに洗って乾いてないパンツや靴下などを干しながら、グースカ夢の中。車掌さんもあまりに異様なプーの姿に通り過ぎて行くだけです(その時の車掌さんにもゴメンナサイ)。
夢から覚めたプーは、車内にいるお客さん達の目を全く気にすることもなく、おもむろに寝袋のファスナーを開け、むっくりと起き上がると、けたたましい女達の「キャー!」という大きな声。そして次に大きなけたたましい笑い声にすぐに変わる。見ると、やはり女子高校生たちの一団だった。とにかくこの女子高校生たちはうるさい。いつも過剰反応するし、第一、車内にいる他のお客さん達に迷惑だ。うーん、しかし、はるかにプーの方が迷惑だろう。
プーがその女子高校生たちの一団にどうもどうも、と手を振ると、女子高校生たちはキャッキャと大騒ぎ。しかしこれ以上目立つとまずいと思い(もう十分目立ってはいるが)、あとは静かにする。
長距離の各駅停車なので、しばらくするとなまりが変わってくる。何か顔つきもどことなく変わってくるような気がして、みんなを見ているとこれがなかなか面白い(プーを見ている方がみんなにとって面白いのかもしれないけれど)。車内はなぜか喉も渇きやすく、親切な人からもらったリンゴを、包丁が無かったのでハサミで皮を剥きながら、そこらへんリンゴの汁だらけにしながら口も手もハサミも汁だらけになりながら、リンゴをパクつく。何とおいしいことか!
歌の旅の出来事は、今思い返すと危なっかしいことも多く(皆さんに迷惑をたくさんかけたと思います・・・)、それにちょっとズレてるプーがいるのだが、なぜか思わず笑みがこぼれてしまう。その当時のプーは懸命に人生に悩み考え、のたうちまわっているつもりだったが、時が過ぎると思い出になるということでしょうか?
プー カングァン5月15日 大道ミュージシャン
最近、久しぶりに路上に歌いに出て、大いにとまどっている。何せ歌っている人間の多いこと、多いこと。しかもアンプをつけて大音響でパフォーマンスしている。昔、プーが路上で歌っていた頃は、ほぼプーしか歌っていないので、全くプーの独壇場だったにもかかわらず、今は多くの路上のミュージシャンの中で、生で歌うプーの歌はほぼかき消されて行く。うーん、とても辛い。
しかしそんなとまどいを遥かに越える魅力が路上にはある。路上で歌うということの不思議な空間と時間の織りなす世界。歌い出すと瞬時に時代も場所も越えて、様々な場所で歌った記憶が甦ったり、タイムスリップしたりする。
確かに今の路上は昔と違い、様々な意味で厳しくなったけど、魅力もまだまだたくさんあり、プーもまだまだ元気なので、これからもできる限り路上で歌い続けたいと思っています。
プーの原点は路上、即ち大道にある、と最近歌い出して確信している今日この頃のプーでした。
プー カングァン大道ミュージシャン
恥ずかしいなこんな所で歌を歌うのは
みんな見てる白い目で汚れた物でも見るように
だけど歌いたいみんなのすんでる町や村で
だけど歌いたい生きる喜び愛の歌を
一日中歌っても聞く人少なくカンパも少ない
さびしいね聞く人いないのに力かぎり歌うのは
だけど歌いたい畑や田んぼや青い空へも
だけど歌いたい母なる海や父なる大地へ
大道ミュ一ジシャン風にも負けない雨にも負けない
大道ミュージシャン寒さに負けない暑さに負けない今日はどこで歌おうか歌えばどこでもすてきなステージ
ギターひとつ夢だけ持ってうしろ指さされながらも
だけど歌いたい車のしぶきに心ぬれても
だけど歌いたい人の流れに屈辱感じても
金はないし身なりもきたなく寝る場所も決まっていない
悲しいなこんな生活体も疲れた心も疲れた
だけど歌いたい歌わずにはいられない
だけど歌いたい愛する幸せ生命の歌を
大道ミュ一ジシャン風にも負けない雨にも負けない
大道ミュージシャン寒さに負けない暑さに負けない大道ミュージシャンばかにされても笑われても
大道ミュージシャンみんなに負けない自分に負けない
大道ミュージシャン誤解されてもからかわれても
大道ミュージシャン今日は泣いても明日は泣かない
大道ミュージシャン警察来てもやくざが来ても
大道ミュージシャン今日は負けても明日は負けない※プー カングァンの歌より。1986年4月8日〜15日作
5月11日 歌の旅Z
夜中、ろうそくの明かりをたよりに、テントの中で「明日に向かって生きてゆけ」というテーマの歌を懸命に歌い作っていると(そう言えばこの歌は昔よく歌ったものだが、今は全く歌ってない。真剣に作った歌達をプーは何百曲も歌ってない。そう思うと不思議な寂しさが込み上げてくる・・・)、テントの外から数人の拍手の音が聞こえる。何だろうと外に出てみると、地元の高校生が数人、笑顔で「いい歌ですね」と喜んでくれている。
創作中、ずっとこの若者達はプーの歌を聞いていてくれていたのだ。そしてほぼ完成したと同時に拍手をしてくれたのだ。プーはとても嬉しくなり、心からありがとうと何度も言う。故郷を離れ、親不孝をしてまでも自分の道を選んだにもかかわらず、自分の理想とした歌の旅の在り方とは程遠い毎日の自己嫌悪の中で、思いもよらぬ自分の歌への賞賛に、プーは自分の選択は間違っていなかったとほんの少し思え、本当に嬉しかった。
一夜限りの彼ら・彼女らとの友情を交わし、お互いがんばって生きて行こう、と誓い合い、さよならする。その夜プーは大いなる愛と幸せを感じながら一人テントの中で眠るのでした。
プー カングァン明日に向かって
1.明日に向かってむねをはろう
苦しさばかりの人生だけど
生きたあかしを見せてやれ
今はくちびるかんでいても
いつかはうららかな春がおとずれもしよう
東にのぼる朝焼け体いっぱい光りあれ
ひととき南の風にあたってひたむきな力をたくわえろ
そうさ夢を明日につなげ2.明日に向かって生きてゆけ
涙にくちびるふるわせても
力ふりしばれとどまるんだ
負けた男になるものか
いつかはあたたかな春がおとずれもしよう
西に沈む夕やけ夜の長さをたえしのべ
ひととき南の風にあたってひたむきな力をたくわえろ
そうさ夢を明日につなげ※プー カングァンの歌より。1982年4月30日〜5月6日作
5月9日 歌の旅Y
長く歌の旅の修行を続けると、ラッキーなこともたまにあり、大いに歌の旅がリッチになる時がある。仲良くなった北大生からテントをしばらく借りることができた(仲良くなると言ってもその時だけなのだが。そう、その時のプーはとても風変わりなので、学生たちの旅行のシーズンになると好奇心で怖いもの見たさか、学生たちがプーに近寄って来て、仲良くしたがるのだ)。テントの生活はとにかく便利で快適で、寝心地も良く、夜中でもろうそく1本で作詞作曲が集中してできる。それに何と言ってもお金は一銭もかからない。防水性もあるので、少々の雨なんかへっちゃら。
しかしある日、とんでもない大雨に見舞われ、さすがのプーも困り果てる。テントの屋根の部分は二重にしているので雨漏りはどんなに強い雨でもへこむだけで全く大丈夫なのだが、地面の水かさが異常に増えるとさすがのテントも水に埋まる、という状態になり、テントの中の安全な場所が2時間、3時間と時間が経つうちに徐々に少なくなっていき、ギターとプーの生活用品、そしてプー自身が寄り添い、これ以上雨が降るとテントの中すべてが水びたしになるという状況に陥った。雨はものすごい勢いで止む気配もなく、もうこれで限界か!?大切なギターが荷物がそしてプー自身が水びたしになってしまうのか、と万策尽きて思わず天に向かい獣の如くウォーと強く吠えた(プーの野性が目覚めたのかしら?)。
するとどうだろう、あれだけの豪雨がピタッと止んでくれたのだ。やったー、奇跡だー、なんて喜ぶ余裕はなく、ギターや荷物が水びたしにならなかったことにとにかく安堵してテントの中の雨に濡れていない小さな場所でプーはひたすら小さくなりながら夜を明かす。 この時の経験のおかげで、旅を終え我が家で寝ていても、夜中強い雨に降られた時は、これはヤバい、水びたしになる、と一瞬焦ってしまう。すぐにここはちゃんと屋根のついている家なんだな、と思い返し、雨が降っても全く心配が無いということに逆に驚き、違和感があったことを、今思い出すプーでした。
プー カングァン4月30日 歌の旅X
20代の中頃、歌の旅にも慣れた頃、お金にはなるけど決まりや規則の多いスナックや 喫茶店、ライブハウスなどの店以外で自由に歌える場所はないかと悩み考えた結果 (その頃路上で歌っている人はいなかったと思う。僕自身も路上で歌えるということ を全く知らなかった。昔、新宿西口で全共闘の人たちが大勢で歌っていたということ は知っていたけれども)、路上で歌おうと本当にポッとひらめく。しかしひらめいた 後、そんなことをして警察が来ないかとか、ヤクザは大丈夫かなとか、道行く人は歌 う僕をバカにするのではないかとか、こんな突拍子も無い恥ずかしいことは親不孝で はないのかといろいろ思うと、体が熱くなり、頭がボーっとして、その日は眠れな かったと記憶している。
明くる朝目覚め、それでも自由に歌いたいという気持ちは非常に強く、ギターを持っ て歌えそうな場所を不安な気持ちでいっぱいになりながらあちこち何時間も探し歩 く。すると沖縄の本土復帰の記念碑の前が(この時僕は石垣島にいて、沖縄戦の勉強 をしていた)ちょうどいいと思い、そこに腰を下ろした。ギターを取り出すのに大い に時間がかかり、歌い出すのにも根性の無い僕は大いに時間がかかる。でも、ついに 勇気をふりしぼり、歌う。すると大空の下、大地のもとで歌うことはやはり言葉では 言い表せない感動。
だけど道行く人の僕に対するあざけりや嘲笑、しかも僕自身も強い恥を感じていたの で、とても苦しく、歌いながら何度も逃げ出したい気持ちになるが、路上で歌う常識 を超えた(今路上で歌うことは常識の範疇だが、その当時、路上で歌うことはかなり 異常だったと思う。そういう意味では異常と正常の違いなんて誰が定義づけできるの でしょうかね・・・?)魅力に目覚め、一日目から数時間も歌い続けることができ た。
僕の歌にカンパをしてくれた人もいて、そのお金でごはんを食べた時は嬉しいやら不 思議な気持ちになるやらで、何ともおかしな気持ちのプーでした。明日も路上で歌え るか・・・?うーん、わからない。でも歌いたい。その当時の僕にとって路上で歌う ことはそれほど勇気とパワーが必要なことでした。
結局、20代から約10年以上路上で歌い続けたプーは、路上が、日本が、人々が変わりゆ く様を見て、もう路上は僕が必要でないと理解して引退。それがちょうど30代の中頃 過ぎ。その時、50になったらまた路上に出ようとフッと思ったのだが、今50になって 偶然に路上に出始めている。プーも年をとり世の中もすっかり変わり果ててしまった が、でも変わらないものもあると信じながら、今路上で歌っているプーです。
プー カングァン4月22日 歌の旅W
旅の話をもう一つ。前にも書いたけど、とにかく寝る場所を決めるのは至難の業で、 ドンピシャに寝れる場所はなく、ここならまあいいかと思える所に行き当たるまでか なりの時間を有してしまう。その夜もどこで寝ようかと懸命にブラブラと寝る場所を 探していると、地元の柄の悪そうな集団に出会う。プーの格好はギター1台と大きな 大きなバッグ。そして服装といえばスウェットの上下。見るからに風呂に行ってない という感じ。
からかわれたりするのは嫌だなと思いながら、彼らの集団の中を安全に素通り。ホッ と胸を撫で下ろし、気づくと小さな山にたどり着く。よし、今日はこの山で寝よう、 と思ったのだが、何と今度は野犬の群れに接触。人間の恐さとは全く別物の恐さ。一 瞬にして血の気が引いて、慌てて静かにその場を立ち去る。
次にたどり着いたのは丘の上にある公園。セメントのベンチに寝袋を敷いてバッグと ギターはベンチの横に置き、寝袋につつまれ寒さに何度も目が覚めながら熟睡する。 気づくと「起きなさい」とプーを呼ぶ声。何事かなと寝袋を出ると、警察官がいろい ろと声高に尋問してくるではないか。プーはあまり答えたくないので、やはり声高に 相対する。警察官はプーが怪しい人間ではないなとわかると急に優しくなり、「実は 昨夜、君の寝ているすぐ近くのトイレでケンカがあり、流血騒ぎが起こり、大変だっ た」とのこと。「君はその近くに寝ていたので尋問した」とのこと。何事なく無事で 良かった、と警察官は安心したように言うので、プーも優しく「ありがとう」と言う と、警察官は立ち去って行った。
うーん、寝る場所を確保するのはほとほと難しいものだと再認識したプーでした。
プー カングァン4月2日 歌の旅V
引き続き青函連絡船の話をもう一つ。とても快適な眠りをむさぼっていたプーでした が、ある時悪夢のような出来事が起こりました。
長椅子の下にギターとバッグを置いてその上に寝袋で寝ていたのですが、ある日、周 り のざわついた声に目が覚めて、これは何だろうと大いに驚き、身構え、寝袋のファス ナーを開けて飛び出そうとしたのですが、ハタとそのざわめきが何たるかに気づき、 寝袋の中でじっとすることに決めた。
それは何と修学旅行の女生徒たちであったのだ。おそらく女子高生の一団に間違いな い。眠りからハッキリと目覚めた頃にはプーの寝袋の周りにそれは恐ろしいまでの人 数がおしあいへしあいしていることが判明する。とにかく彼女たちが北海道へ発つま での間、じっとしておこうと自分に言い聞かせ、できるだけプーはピクリとも動かな いようにして息を潜める。しかしいくら待っても彼女たちの動く気配はない。すると 話し声や話す内容もハッキリ聞こえてくるではないか。「この寝袋、誰か入ってるの ?」とか「生きているのかしら?」とか、おかしな会話も聞こえて来る。ヤバい、と にかくじっとしよう、そうこうしているうちにプーは絶体絶命の状況に追い込まれ る。何と尿意を催してきたのだ。最初はゆるく、しかし時間とともに波を描いてきつ く、用を足したくなってくる。そしてしまいには膀胱がみるみるうちにパンパンに 張ってきた。そんなことも知らずに女子高生たちはプーの頭スレスレの場所や、もう とにかくプーの寝袋に接触して来るではないか。ああどうすれば、このままでは垂 れ流しだ。一生の不覚を負ってしまう。一分一秒が永遠の長さに感じる。あー、人間 の我慢には限界があるのだろう。女子高生たちの前に絶対にどんなことがあっても姿 を現したくなかったプーだが、ええーい、ままよ、と寝袋のファスナーを開け、飛び 出すと、女子高生たちの悲鳴が広い青函連絡船の待合所に轟き渡る。プーはその女子 高生たちの想像した以上の人数に驚きながらも、トイレに一目散に脇目も振らず走り 去るというお粗末さ。今では笑い話なのだが、その時のプーは命がけでした(笑)。
あー、恥ずかしかった。
P.S.その当時の女子高生たちの中には、もしかしたら今もフッとあの日の出来事を思い出す人もいるか もしれませんね。素敵なお母さんになって、すでに女子高生くらいの娘さんがいるん だろうな・・・。
プー カングァン4月2日 歌の旅U
歌の旅の話をもう一つ。今はもう無いのですが、青函連絡船という、その頃本州と北海道を つなぐ航路として活躍していた船があり、僕は青森県側の待合室でしばらく住ん でいました。寝るのに適した長椅子がたくさん並んでいて、夜中一度のガードマン の巡回時間さえ気をつければ僕は全く自由に安眠をむさぼることができたのです。
しかも青函連絡船に入場料さえ払えば北海道には行けないけども乗船だけは可能なの で、船に乗りシャワーを浴びることもできて、僕にとっては最高の居住空間?でし た。
その頃お金の無い僕にとっては寝る場所は最大の難問で、お金がいらなくて安全でな おかつ快適な場所というのは皆無に近いくらい無いので、この待合室はそういう意味 でも最高の場所でした。
今は無い青函連絡船。こんな利用の仕方をして少し申し訳ない気はするのですが、 プーの貧乏な歌の旅を支えてくれた青函連絡船及び関係者の方々に深くお詫びととも に感謝の言葉を―どうもありがとうございました―時を超えて。
プー カングァン3月28日 Walk along together
Walk along together
1.
今も きこえる あなたの やさしい声が
別れの その時から 長い年月 消えても
人は なぜ この世を 通りすぎてゆく
なきがらの もとでは 祈りは 全く 届かない
生まれる生命 死にゆく生命
人は一人だから だきしめあおう
Walk along together 君と共に
Walk along together 悲しみ こえて2.
夢が 覚めると あなたは どこにも いない
いく度 呼んでも 叫んでも あの姿は 帰らない
深いさびしさ 体を つらぬく つらい日々
今もよみがえる あなたの やさしい ほほえみが
生まれる生命 死にゆく生命
人は 一人だから だきしめあおう
Walk along together 君と共に
Walk along together 悲しみ こえて父がこの世を去って、はや6年の年月が流れました。僕は子どもの頃、お化けのよう な類のものよりも、父がこの世を去る、母がこの世を去る、ということに対してものす ごく恐怖があり、幾度呼んでも幾度叫んでも死んだ人は僕の目の前に現れないという 現実が幼い僕にとっては言い様の知れないブラックホールであり、そのことでずいぶ ん泣いた記憶がある。
父の死がが現実に6年前に起こり、その後の僕の人生はまさに子どもの頃からの恐怖 を実体験している6年間なのです。愛する人が亡くなるということは6年経った今でも 僕にはまだわかりません。言葉では言い尽くせない思いが僕の胸をかきむしります。 こんなに辛いのならいっそ生まれてこなければ良かったと何度思ったことでしょう。 ただ一つの救いは、自分もやがてそう遠くない将来にこの世を去れるということで しょうか。
人がこの世を去るということに対してあらゆる慰めの言葉や哲学や文化や宗教があるけど、 僕はやはりいまだにとても悲しい。だからこそ、この世を去った父に、Walk along together 君と共に Walk along together 悲しみこえて、と歌わずにはいられな いのです。
プー カングァン2月28日 さあ飛び立つのだ
さあ飛び立つのだ
1.
果てしなく広がる青い空へ
旅立ちの季節が鳥達よ歌え
荒れ狂う未来へもう行かなくては
住みなれた時代にさあ別れつげて
恐れる心かたすみにおき
その手に勇気の言葉をもって
眠れる力よびさませ今
お前の輝く瞳をもって
たとえ倒れてもさあ飛び立つのだ2.
風ふけよ海原波よ語れ
旅人よ生命の消える日まで
ふるさとの父母愛する君よ
別れのその時が今おとずれた
恐れる心かたすみにおき
その手に勇気の言葉をもって
眠れる力よびさませ今
お前の輝く瞳をもって
翼あざやかにさあ飛び立つのだ
ラララ1983年頃に作った歌で当時20代後半、数年間の歌の旅を経ていろんな意味で自分の目標とした成果が見えず焦りに焦っていた。やはり自分には歌なんて作れないし歌えない、それに自分にまつわる多くの人間関係やしがらみ等々からの自立や、自分の心からの旅立ちもできず、悶々とした日々の中で自分を鼓舞するために作った歌。とにかく自分の目指すメッセージソングは、あらゆる自分との別れなくしては、到底歌えるものではないという気持ちから、別れ=旅立ち=さあ飛び立つのだ、という歌ができたのだ。
しかし、プーは未だに何かにしがみついていて、この歌ができてから20年経った今でも旅立ちはできていない気がする。ただ、思いは強く、今も自分との真の別れ、そして真の旅立ちを夢見て、自分と葛藤し続けているプーでした。いつか、いつか必ず、さあ飛び立つのだ!
プー カングァン1月21日 歌の旅T
若い頃、日本を歌の旅をしていた頃の話を一つ。
お金が無いので、汚い話だが長い間風呂にも入らず、洗濯は駅の洗面所で洗濯して、長時間移動する時はプーは電車の長椅子に寝袋を敷き、すっぽり入り熟睡し、洗いたてのパンツや靴下などギターケースの上に干したり手すりに干したりして、普通に、本当に普通に何の恥じらいも無く、車内のみなさんの迷惑になるにもかかわらず、そんな生活を送っていた時がありました。
このことは最近フッと思い出して苦笑いをした次第なのだが、そう言えばあの頃の旅のエピソードはけっこう思い出せばいろんなことがあったなと気付き、これから少しずつ思い出して、このひとりごとに書いていこうと思うので、みなさん期待していて下さいね!
プー カングァン1月4日 たけひろー!
1月4日朝7時ジャスト、たけひろー!と呼ぶ声に起こされる(プーの通名は森山たけ ひろ)。それはとてもはっきりとした声で、僕はハタと飛び起き、呼んだ人をけんめいに 探したほど。でも、周りに人はいるわけもなく、何か胸騒ぎもしたのだが、どうもそ ういう感じでもなく、時間と共に恐怖心もやわらぎ、ただの夢かなと思ったりするの だが、懐かしい響きの「たけひろ」という呼ばれ方はノスタルジックな感じもして、今と なっては愛さえも感じてうれしいひとときになる。
おさない頃より、通名でたけひろーとか、たけちゃんとか、たけひろちゃんとか、ひろくん と、父や母や兄弟、いとこや友達みんなから呼ばれていた事を思い出させてくれ た。例え本名でなくても、それは僕の原風景で、とても大切なひとこま。今 プーさんと呼ばれるようになって、ついぞ忘れて気にしていなかった、「たけひろ」、 という呼ばれ方。今、その名前に心よりなつかしむプーがいます!
プー カングァン
P.S.今度のライブで誰か、たけひろー!と呼んでみては?1月4日 1月1日
一年の計は元旦にありと人は言い、1月1日をそれはそれはとても大事にして、この日 ばかりはニコニコと腹を立てずに気持ち良く正しく生きて、最良の日にしようと努力 する人が多いのですが、欲張りなプーは、これからの人生、この1月1日の素晴らしい姿 勢で365日を生きて行きたいなとひそかに思うのです。
1月1日が一年で365日あると思ってみて下さい。何やら華やいだ気持ちになりません か?
プー カングァン----2004年----
12月30日 葉っぱの生命(いのち)
ひとひら ふたひら ゆらゆらと
みとひら よとひら ひらひらと消えてはかない葉っぱの生命(いのち)
せめてこの世にあらわれたならば
光の中に身をさらしたい
一陣の風はどこから吹くの
私はどうしたのか この運命(さだめ)に
全てを託して 記憶と共に星空の果てに
ものすごいスピードで飛んでゆくのですひとひら ふたひら ゆらゆらと
みとひら よとひら ひらひらと12月30日 青い空と白い雲
子どもの頃見ていた広い広い何とも言えない美しい青い空と白い雲は、今、50になっ た僕の目には記憶でしか残っていない。汚れ放題の東京の空は、すっぽりとガスに包 まれていて、今の子どもたちにとっての空と、昔の子どもたちにとっての空は全く別 ものと言ってもいい。
昔、僕は空を見ているだけで広い気持ちになり、勇気がもらえた。辛いこと、悲しい こと、惨めなこと、そんな気持ちをいつも空は吹き飛ばしてくれた。本当に言葉では 言えない素晴らしい青い空と白い雲だった。
それが今の空は病んでいて、傷ついていて、何か僕に助けを求めているかのようでも ある。幼い頃から今までいつも空を眺めていた僕には、空が泣いているように見え る。空が怒っているようにも見える。空よ、僕たち人間はどんな理屈をつけても、ど んなに正当化したとしても、君にした行為は許してもらえることではない。青い空と 白い雲よ、本当にごめんね。僕たち人間の罪は重い。いつかその罪は僕たち人間に 返って来ることでしょう。
プー カングァン12月29日 ラブ and ピース
ラブ and ピース 叫び続けても
ラブ and ピース いつも届かない
ラブ and ピース 多くの人たちの
ラブ and ピース 涙は拭えない例えば君が暴力を加えられれば
恐怖におののき、その運命(さだめ)を呪うことだろう
そのようなことが今、世界のあらゆるところで行なわれている
そのことを知れば、君はきっと何かしなければと気づくはずだラブ and ピース 動きだそう
ラブ and ピース 自分のハートを信じて
ラブ and ピース 大切なことは一つ
ラブ and ピース それは母からの贈り物p.s. もしかしたらこの詩を歌にするかもしれません。みなさん楽しみにしていて下 さい。
プー カングァン12月21日 イメージ
不思議なもので、幼い頃、あれだけ汚く卑しく恥ずかしく聞こえた韓国語が、今では すっかりきれいな言葉に聞こえて、最近真剣に韓国語(プーにとっては母国語)をマ スターしたいと思うプーです。
考えてみれば、差別されても仕方がないと思っていた頃のプーにとっては、韓国語は マイナスのイメージしかなく、今は人間は平等であるという確信から、韓国語がプラ スのイメージに変わるのはごく自然なことで、むしろこの変化に何十年もの月日が費 やされたということの方があまりにも不自然でおかしく、情けない気がします。
このことからも、人のイメージって180度変わることは常にあるのだなと苦々しく感 じるプーです。だからこそ、為政者や企業家たちは、中身よりも外側のイメージ作り に奔走するのだが、それに簡単に乗っかってしまうプーやみんなは言葉にできないほ ど危うい感性で生きているのだなと痛感します。
これからは残りの大切な人生を、できるだけ正しいイメージの元に歩いていきたいと 思うプーでした。うーん、だけど難しいだろうなあ・・・。
プー カングァン12月18日 僕のクリスマス
僕は金銭的に貧しく生まれ育ち、差別ゆえに自分は卑しいという心で、様々な体験をしてきました。今日はあまり嬉しくない思い出の中から、季節柄、クリスマスの思い出を一つ書くことにしましょう。
今では記憶が薄れていて、実際にあったことなのか、僕が読んだ絵本の話なのか定かではないのですが、近所のおうちの窓ガラス越しに明るくあたたかい、我が家とは全く違う幸せそうな家族がクリスマスを祝っている姿を見ていました。
いつも他の家とは違うのだからとあきらめている僕なのですが、何か周りで華やいだことがあるとその違いに打ちのめされてしまう、そんなプー少年でした。わけもわからず、ただただそのおうちの華やかさにうらやましさと我が家の現状とのあまりの開きに、冷たい風の中、立ちすくんでいました・・・。
僕のクリスマスはそこらへんから始まっていて、その出来事の記憶は薄らいでいるのに、50歳になった今も胸が痛んでしまう、そんなクリスマスなのです!
プー カングァン12月14日 プーにとっての在日韓国人
昔からよくプーさんにとって在日とはどういう意味をなすものなのですか、という主 旨の質問をよくされてきましたが、この質問に対しては一言では語れず、またプーの 年齢によって考え方の違いもあって、答えに困ってしまうのですが、やはり今もプー にとっての在日は答えられず、むむむとなるのだが、昨夜、夢うつつの中でひらめい た在日を、この「ひとりごと」を借りて発表します。
それは、「桜の木にキムチが咲いている」、この短い言葉が今のプーにとっての在日 を表していると思います。あくまでも私一人の個人的な思いであって、厳密に言えば 一人一人在日の捉え方は違うのであって、プーの今のこの捉え方があってもいいので はという気がします。
みなさん、桜の木にキムチが咲いている様子を一度想像して、プーの在日の想いと重 ね合わせてみてはいかがでしょうか?
プー カングァン12月10日 自然破壊は自分破壊
自然破壊と書いて、自分破壊と解く、その心は人間も自然の一部だから何とも簡単な 話だが、自然破壊が自分破壊と具体的に思っている人は案外この世の中には少ない気 がする。為政者や企業家たちに振り回されて、自然はまるで人間の為にあるだけの存 在で、心をなごませる為に鑑賞したり、余暇を利用して自然を満喫したりする程度の ものとでしか理解していない気がする。勘違いも甚だしい。人間も自然から生まれ、 自然と共に死んで行くのだ。つまり、自然は人間にとって外側ではなく、一心同体な のである。このままの状態で果たして人間があと何年生きて行けるのか、考えるだけ でゾッとする。
みんなも気付いているのだが、何ともしがたい状態で日々を、目の前のことに追われ ながら生きているというのが実情。人間が生きていける条件というのは、本当に狭 い。例えば、少しの温度の上昇でも、人間は生きていけない。ある意味では弱い弱い 生き物なのである。人間はまことに見事なバランスのもとで自然から愛されている。
そんな人間が、自然を破壊して行けばおのずから人間破壊、自分破壊になるのは自明 の理。今なら間に合うかもしれない。
プー カングァン目を覚ませ
このおおいなる自然の恵みにはぐくまれ生きてきた
その私達がおかしてはいけない重たい罪を重ねてる
ただ目の前のちっぽけなおのれの欲望のために
人の魂売りとばし母なる地球をこわしてく
青くすんだ大空も心ない人によごされ
都会の子供が描く空は今では灰色にかかれてる
今なら間にあうかも知れない今なら今ならまだ
目を覚ませ私達の愛の心よ魚や鳥やけものたちや小さな虫たちも
自然の愛に守られた私達の大切な友達
なのに彼らが住んでる森や川や海や山を
人間達はわが身勝手に必要以上によごし消し去る
私達は殺戮と略奪をくり返し
このおおいなる自然の仲間を道づれにどこへ行く
今なら間にあうかも知れない今なら今ならまだ
目を覚ませ私達の愛の心よ※プー カングァンの歌より。1981年10月24日〜1987年4月16日作
12月8日 猿の壺はプーの壺
寓話にある猿の壺の話、壺に入ったピーナツを取ろうと手いっぱいに握り締めたために、壺から手が抜けなくなってしまった話があるが、僕もこの猿と同じように手をギュッと握り締めて、おかげで壺から手が出なくなり、パニクッた状態で何年も生きているという実感があります。
緊張、恐怖、不安など、これらのマイナスのイメージを取り除くことによっ て、おのずから握り締めた手から力が抜ければ、スーッと壺も抜けて自由になるのだが、如何せん、これがとても難しい。
生きている間は到底無理かもしれないという気持ちもあるが、全てのマイナスイメージから生まれる力を抜いて自由になった僕の歌をみんなに聴いてもらいたい。それが僕が今まで歌いたいと望んできた歌なのです。近い将来、今までのプーとはサヨナラします。
プー カングァン12月1日 母の道
我が家のすぐ近くにとてもきれいな遊歩道があり、四季折々にその姿は見事に変わり、私たちを楽しませてくれるのです。大阪に住んでいる私の母はその遊歩道がとても気に入り、東京に遊びに来ると毎日散歩しては本当にいい所だと喜んでいます。
ある日、私と二人その遊歩道を散歩していた時、母が急に私に言いました。「死ぬ時、この道を歩くように逝きたい」と・・・。私は大きな病を持つ母に、いつもならば「何弱気なこと言ってるんだよ」と言うのですが、この時ばかりは母の言葉に不思議なほど心が重なり、瞬間に想像した光景のあまりの美しさに、母の願いを叶えてあげたいと、思わず「そうだね」と言っていました。
母が大阪に帰った後、私はこの道を「母の道」と名付け、散歩したりランニングしたりしている今日この頃です。
プー カングァン11月27日 六本木ライブを終えて
ライブ当日は開演を遅らせたにもかかわらず、僕のミスでその旨アナウンスをしな かったこと、この場を借りて謝らせていただきます。ごめんなさ い。でも、全体的にはその後のお客さんに対するリサーチによると、大体喜んでいた だけたみたいで、ホッと胸をなでおろしているプーです!
六本木ライブの余韻にひたる暇もなく来月11日(土)のホットショットライブ、今度 は何を歌おうかと今、思案を巡らせているところで、何かこの歌をぜひ歌ってほしい なという希望があれば、ぜひ掲示板に書き込みして下さい。
プーの歌の人生はこれからどこへ行くのかわかりませんが、ただ一つわかっているこ とは、プーのファンの人たちと共に歩んで行くんだな、ということは強く強く確信し ています。
ひどく荒れた世の中だけど、後退しながらも一歩でも二歩でも手をつなぎながら、み んなで歩いて行きましょう。
プー カングァン鳥のように
鳥のように 大空を 飛んでみたい
鳥のように 自由に 国を越えてみたい人は皆同じ命 人は皆同じ笑顔
共に抱き合い 共に歩きたい
行こう手をつなぎ どこまでも いつまでも人は皆同じ心 人は皆同じ涙
共に助け合い 共に作りたい
行こう手をつなぎ どこまでも いつまでも 夢は友と語り 生きること鳥のように 大空を 飛んでみたい
鳥のように 自由に 国を越えてみたい※六本木ライブでラストに歌った歌です。
11月24日 物
物があふれ過ぎていてるためにみんながあまりにも物を大事にしないことに憂いてい る今日この頃です。物にも魂があり心があると幼少期の頃から教わり、実際にそう感 じてきたプーにとって、今の私達の物に対する姿勢は、物は物でしかないというよう な冷たい感じがしてならないのです。もちろん全ての人がそうではないのですが、 年々、物に対する姿勢が冷たくなっているように思われます。
毎日履き慣れた靴やよく袖を通す背広、そして30年近く弾いているプー愛用のギター など、物というより兄弟のような親友のような感じさえします。小さなみやげ品さえ もいつも心を和ませてくれて、さみしい時に、さみしくないよ、僕がいるよ、って 言ってくれてる気さえします。
一つ一つの物を心から大切にすれば、人の人生もより豊かになっていくのではない でしょうか。にもかかわらず、あまりにも簡単にみんな、物が手に入り過ぎて(手に 入るということはとてもいいことだとは思うのですが)、どこか麻痺してしまったの でしょう。こう書いている僕でさえも知らず知らずのうちに物に対する優しさや愛情 が昔と比べれば遥かに疎くなってきていると思います。今日この僕のひとりごとを読 んだ人はどうでしょう。寝る前に部屋の中にある物に対して、一つでも二つでもいい から、ありがとうと心で言ってもいいし、言葉で言ってもいいし、日頃、物が頑張って 自分のために働いてくれていることに対して感謝の気持ちを表してみてはどうでしょうか。
プー カングァン11月8日 新潟県中越地震について
新潟長岡には僕の友人達がいて、災害があるとどこか他人事のような感じがしてしま うプーなのですが、さすがに今回は大いにショックを感じているプーです。
やはりこういう時、真っ先に僕が心配するのはトイレの設備です。なぜならプー家は 幼い頃お金が無く、防空壕跡で暮らしていたのですが、ちゃんとしたトイレが無く、 穴に板を乗せた簡易トイレで、怖がりの僕はトイレに行けず必死に我慢をして、その 為に腹痛をいつも繰り返していたという記憶があるので、真っ先にトイレの設備を心 配してしまうのです。
事実、被災者の皆さんがトイレで困っているという話を聞き、胸が痛みます。トイレ どころじゃないだろう、と言われる方もたくさんいらっしゃると思いますが、僕の幼 い頃の記憶からすると、トイレはとても大切に思われて仕方ないのです。
あらゆる意味で今、大変な思いをされている皆さんにプーは何もできずジレンマです が、このプーにできることを少しでも探して、実践していきたいと思っています。
プーカングァン
10月20日 自分自身は本当に見えない!
自分が相手に与えているイメージと、相手が自分に感じているイメージは、実は大き な大きな本当に大きな差があるということを生まれて初めてほんのちょっと米粒より もまだ小さいのかもしれないが、ほんのほんのほんのちょっとだけ気づいた気がす る。
いや、自分だけでは永遠に気づくことはできないのだから、気づかされた気がす るという方が正しい。
50歳にもなっていろんな経験をしてきたつもりだったのに、今 更こんなことすらも全く気づいてこなかったなんて、プーは全くどうしようもないの かも・・・。
でも、時のある限り歌って歌って歌いまくるぞー!!
プー カングァン
10月1日 死ぬ時はステージの上で死にたい
僕くらいの年になると生きてる人よりもこの世を去った人たちや命たちに少しずつ身 近に感じるようになるのかもしれません。90%以上の人が病院で死んでゆく現実を見 ると、僕はやっぱりどうしても病院では死にたくないな、という思いが当たり前のよ うに心の中からわき上がってきて、ならば天職の(天職だと思いたいという願いもあ る)歌、つまり作詞作曲の活動中よりも、やっぱりみんなとのコミュニケーションの 中で息を引き取りたいなと思えば、流れ的にライブ中のステージ上で歌を歌っている 最中にこの世を去るしかないなと思いました。
ゆえに、僕のこの世の中での最後の究極の願いは、温かいファンの前で歌を歌いなが ら息を引き取るという形が、最高の僕の死に際だと考えているのであります。
ほんと、そうなったら最高にプーは幸せだぜ・・・!!!
プー カングァン
9月13日 年をとるってどういうことだろう
50歳になって、初めて年を感じています。昔、大学生の頃、年をとるってどういうことだろう、という歌を作りましたが、 昔の若い頃のプーに今のプーがこういうことだよ、と肩を叩きながら教えてあげたい気がします。
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